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甘やかな誘い

「ジェラルディン、俺と一緒に死んでくれる?」


 耳元で優しい声が響いた。ぎゅっと抱きしめて応えた。


「ウェズリーと一緒なら」


「ありがとう。行き先は地獄じゃない、天国だよ。苦しまずに天国に行ける薬を持ってる。俺が口に含んで、ジェラルディンに口移しする。いい?」


 こくりと頷いて、ウェズリーを見上げた。小さかった弟は成長して男らしくなり、見上げる背丈になっている。


 ウェズリーは頷き返して、抱きとめていた私を離し、首にかけていた紐を手繰り寄せた。紐の先は服の中に隠れている。

 ウェズリーの手首で揺れる金のブレスレットのチャームに、自然と視線を奪われた。ウェズリーが好きだと言ってくれた、父とそっくりの瞳の色。


「さようなら、国王陛下。トンチンカンな英雄殿。何者も、死さえ、俺とジェラルディンを分かつことはできない。二人一緒に天国へ旅立つよ。この国の繁栄を祈って、乾杯」


 父へ向き直ったウェズリーがそう言い、首紐の先に結ばれていた小瓶を頭上に掲げた。

 その瞬間、パリンっと弾けるような音がして、小瓶が破裂した。粉々のガラス片と共に、中身の緑色の液体が飛び散った。


 大聖堂の方角から駆けてくるモーリスの姿が見えた。


「早まるなっ!」と叫びながらやって来る。その後ろには、ドランスフィールド公爵と、何人かの貴族がいる。


「エリオット、もうその辺でやめておけ」


 やって来たドランスフィールド公が野太いダミ声で言った。


「無抵抗で丸腰の子どもを一方的になぶり殺しにした残虐な王として、名を残すことになるぞ。王女と養子の心中劇で幕を下ろすのも、甚だ後味が悪いだろう。国民感情を考慮しろ」


「何だと、裏切るのか。誰に向かってそんな口を聞いている。お前もこの計画に加担しただろう。魔王が復活して、世界がまた不穏になれば、武器が飛ぶように売れるからな。なあ、死の商人よ」


「人聞きの悪いことを言うな。私は世界平和を願っているさ。武器が売れない世の中になるなら、喜んでパンケーキ屋を開くさ。そもそも私は言っただろう、その少年に魔王の資質は感じられないと。喧嘩で無双できても、人を殺める覚悟を備えていない、軟弱者だ」


「陛下、剣をお収めください」


 モーリスが諭すように言った。


「どうだ、我が息子は私に似ず、魔法のコントロールが抜群に良いだろう。あの距離からパリンと命中だ」


 他の貴族たちもぞろぞろ周りに集まってきた。父と共に魔王軍を倒した古い仲間たちは皆、苦虫を噛み潰したような顔で父を見ている。

 その隙間を縫うようにして、ささっと私とウェズリーのほうへ駆け寄ってきた若い女性がいた。顔を見て驚いた。伯爵家のクリスティアナ嬢、兄の婚約者だ。


「座ってください、止血いたします」


 大判のハンカチを出して、ウェズリーの肩の傷を縛ると、そこへ手のひらを当てた。クリスティアナ嬢は傷を癒す白魔法が使える。希少な魔法の使い手のため、聖女と呼ばれ崇められている。


「おおっ、聖女さまが」

「クリスティアナさまがお助けに」

「王太子妃になられる聖女さまよ」


 立場がなくなった父は、カランと力なく英雄の剣を手離した。

 戦友である古い仲間たちや、兄の婚約者である聖女に対しては、剣を向けることはできなかったのだ。

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