一緒に
何かに取り憑かれたような表情で、ゆっくりとした足取りで歩いてくる父に息を呑んだ。
両脇にいた兵士が離れ、体が自由になったというのに足がすくんで動けない。今度こそ死を覚悟した。
ひらり、と何かが目の前に飛んできて、すたりと着地した。
真っ黒い猫だった。普通の猫より図体が大きい。ベルベットのような黒光りする毛並みだ。うねうねした尻尾をこちらに向け身を低くすると、シャーっと牙を剥いて父を威嚇した。
「何だ、この猫は。どこから来た?」
「陛下、お気をつけください。そいつは使い魔です」
ハワース魔法騎士長が声をかけた。
「使い魔か。いいぞ、魔王の手先め。たたっ斬ってやる」
ようやく手応えを得たとばかりに、父は喜び勇んで剣を振るった。
使い魔と聞いて、ローザに思い当たった。まさかこの猫はローザなの? それともウェズリーが新たに召喚したものだろうか?
どちらか分からないが、身を呈して私を守ってくれているのは確かだ。
ひらり、ひらりと宙を飛んで、器用に剣を避ける。尻尾を掠めて、パラパラっと黒い毛が舞った。すたりと身軽に着地した黒猫の瞳は、濃いローズ色だ。
「主人同様、逃げ回るしか能がないのか。低級魔め。死ぬ気で攻撃してこい」
挑発の言葉を吐いて、父は攻撃の手を強めた。
「猫ちゃん、がんばって〜!」
どこからか子どもの声援が上がった。
「猫〜〜!!」
「いじめないでー!」
「お姫さまも」「お兄ちゃんも」
「いじめないでー!!」
黙れ黙れ黙れ、と父が絶叫した。
「誰がお前たち愚民を守ってやったと思うんだっ、誰のおかげで今を平和に生きている!? 安全な場所から危険を冒さず、野次を飛ばすだけのお前らを! 誰が守ってやれるというのだっ」
渾身の一撃が黒猫に向かって放たれた。剣が突き刺さったように見えた瞬間、黒猫は形を変えて、バサバサっと大きな翼を広げた。剣は羽の間をすり抜けた。
カラスとなった黒猫は空を舞った。追撃しようと空に向かって杖を伸ばしたハワース魔法騎士長が、ばっと違う方向を見た。
ウェズリーが肩から血を流しながら、よろよろと歩いて来る。
「俺の命ならいくらでもくれてやると言っただろ、ジェラルディンとローザには手を出すな。そんなに俺に殺されたいのか?」
「いいぞ、ようやく本性を現したか。もっと怒れ、覚醒しろ。力を解き放て。そのくらいの傷で弱ったふりなどするな。さあ、殺り合おう。来い!」
ウェズリーに向き直った父は剣を構え直した。ウェズリーは父を睨みつけている。どちらも動かない。膠着状態だ。
ふっ、とウェズリーが笑った。場違いに柔らかい笑みだった。
「ジェラルディン、どうしよう。この人全然話通じないんだけど。怒りを通り越して、笑えてきちゃった」
だよね、ウェズリー。私もそう思うわ。こんなときにも笑うことができるウェズリーが、本当に好きだ。ふはっと笑みが漏れた。涙も一緒に零れて泣き笑いになった。
「おいで、ジェラルディン。一緒に逝こう」
ウェズリーが、私に向かって両手を広げた。さっきまですくんでいた足が、不思議なほど軽やかに動いた。父の脇を踊るようにすり抜けて、愛しいウェズリーの胸の中に飛び込んだ。
白いドレスがウェズリーの血で赤く染まる。




