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兄の助け


「……ねえ、お手洗いに行かせてちょうだい。まさか、この中で垂れ流せとは言わないでしょう?」


 見張り兵が初めて私の言葉に反応した。二人で目配せをして、軽く頷き合い、一人を残して一人が出て行った。魔法騎士長に許可を取りに行ったのだろう。


 間もなくしてやって来たのは、ハワース魔法騎士長ではなく、兄だった。


 王太子の登場は想定していなかったらしく、待っていた見張り兵も驚いている。


「鍵を開けろ」


 鉄格子の扉を解錠させ、兄は私に手を差し伸べた。


「さすがに地下牢は無いだろう。部屋で監禁する。大人しく付いてきてくれ」


 まさか兄が来てくれるとは思わなかった。

 幼い頃はこうして手を引いてくれたこともあったのだろうが、ここ数年はまともに目も合わせていなかった。


 地下牢を出て、地上を歩いた。私の腕を取りスタスタと歩く兄の横顔は、普段通り飄々としている。


「お兄さま、お父さまは……」


「ウェズリーを迎え撃つ準備で忙しくしているよ。もう戦いのことしか頭にない。イキイキとしている」


「どうして。どうしてお父さまは。ウェズリーが国家転覆を狙っているだの、反勢力と結託しているだの全部ウソ、作り話だわ」


 家族にウェズリーの何が分かるというのか。今まで散々放置しておいて、ちっとも気に留めていなかったというのに。


 ウェズリーには家庭教師も使用人も付いていないし、見張番所をあっさり通れてしまうほど、緩い監視下に置かれている。王族だと認識されていない。気軽に城下町や歓楽街を行き来できた。ウェズリーの住む別邸だけは、魔法陣防止の結界からも外れている。


 だから油断していた。まるで関心がないから、変化にも気付かないだろうと。ゆるゆるな監視下だから、きっと大丈夫だろうと。それが甘かったんだ。


「真偽の程はどうでもいい」


 兄がピシャリと言った。


「間違っていようがいいんだ。魔王の生まれ変わりが再び世界を恐怖に陥れた、というストーリーさえ描ければ。英雄が英雄でいられる」


「……魔王の生まれ変わり、ウェズリーが?」


「ああ。父上たちはそう期待している。魔王を倒したとき、その魂が三方角へ飛んで霧散したという話は聞いたことがあるだろう? 一つは空へ、一つは海へ、一つは山へ。山は消魔山と呼ばれ、禁忌の山と恐れられている」


「その山がもしかして……」


「ああ。ウェズリーを拾った山だ。禁忌の山で一人で生きていた少年だ。魔王の生まれ変わりだと信じるに値したんだろう」


 とても信じられない話だ。

 魔王レイフ・クィンラン。父が三十二年前に討伐した、黒魔法使い。悪党を従えて残虐非道な略奪を繰り返していた、まさに悪魔のような男。

 ウェズリーがそんな者の生まれ変わりの訳がない。魂の清らかさで違うと分かるはずだ。


「馬鹿げた話だわ。ウェズリーはいい子よ。素直で優しくて、思いやりがあって真面目で」


「そう思ってるのはお前だけだ」


 兄はまたピシャリと言った。


「お兄さまはどう思っているの?」


「私は、あれを得体の知れないものだと思っているよ。父の意向で、全く関わりが無かったしな。この話もついさっき知ったばかりだ。私も父の手駒の一つ。私が自分の意思でしてやれるのは、お前を地下牢から部屋へ移すことくらいだ。期待するな」


「お父さまの目的は? ウェズリーをどうしたいの?」


「言っただろう。第二の魔王にしたいんだよ。圧倒的な力で民衆を恐怖に陥れる魔王が復活すれば、英雄は再び脚光を浴びる。魔王討伐から三十年経ち、私たち王族の求心力が低下しているからな。元々王家の血筋ではないくせにと、父への反発を強めている不純分子もいる」



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