一転
お城へ戻ると、世界は一転した。
見張り番所を通り抜けて、少し進んだところで、兵士の一団が現れた。姿格好で父の近衛兵だとすぐに分かった。
「お帰りなさいませ、ジェラルディンさま」
前に進み出てきたのは、ハワース魔法騎士長だった。ぐいと片手で引き寄せた女性を隣に立たせた。
焦点の合っていない影武者ちゃんだった。ぼんやりとした空虚な表情をしている。
バレた。バレてしまったんだ。影武者ちゃんを身代りにして、ウェズリーとお城を抜け出していたことが。まずい、なんとか上手く言い訳をしないと。
「ウェズリー!」
父の野太い声が響いた。英雄の剣を腰に差し、深紅のマントをなびかせ、こちらに向かって歩いてくる。兵士たちが、ざざっと道を開けた。
左右に分かれた兵士たちの真ん中を通り、私たちの前でピタリと足を止めた父は、さらに声を張り上げた。
「ウェズリー。王女を拉致誘拐し、反勢力と結託して国家転覆を企てた罪で、お前を処する!」
頭が真っ白になった。何かの冗談だろうか。何がどうなって? 拉致誘拐? 反勢力、国家転覆……大袈裟すぎる。
「お父さまっ、違いますっ。私がウェズリーに頼んだのです。外へ遊びに行きたいと、連れ出してほしいと。そのような大袈裟な話ではありません」
「黙れ、ジェラルディン。この気持ち悪い人形と、その召喚魔が何よりの証拠。別邸を捜索したところ、大量の黒魔術書も出てきた。反勢力と密通しているらしき痕跡もだ。捕らえよ! この恩知らずの黒魔法使いを」
父の合図で兵士たちがウェズリーににじり寄った。父の言葉を真に受けているのか、ウェズリーの動きを警戒して、恐れている様子だ。すぐには踏み出さない。
「ウェズリー、逃げて!」
咄嗟に叫んだ。父の手が伸びてきて、私の口を塞いで引き寄せた。私の身体を盾にして、後ろへぐるりと回り込む。
「逃げれば、罪を認めることになるぞ。その罪を問われるのは、ジェラルディンだ。危険極まりない犯罪者をかばうなんて、どうかしてる。狂ってる。黒魔術で洗脳されているんだな。何だ、そのブレスレットは。恋人ごっこのママゴトか、反吐が出る」
分厚い手で口を塞がれて声が出ない。
目で訴える。ウェズリー、私のことはいいから早く逃げて!
ウェズリーは父と睨み合い、牽制し合っている。さっと視線を走らせて、戦力を把握した。
剣を持った近衛兵が十人以上。国一番の大魔法使い、ハワース魔法騎士長。そして魔王を倒した英雄、エリオット・イーモン・マクスウエルが私を人質に取っている。
対するウェズリーは、一人。多勢に無勢で、人質まで取られている。
「いっ!」
ローザがいた! 父の腕にがぶりと噛み付いた。ローザの歯はギザギザと尖っているため、袖まくりしている父の腕にブスリと刺さったようだ。かじりついて、浮いた足は宙をバタバタしている。
「離せっ、このっ」
全員の注意が逸れたタイミングを逃さず、ウェズリーは素早く呪文を唱えた。
ざざあっと周囲の木立の葉がざわめいて、一陣の風が吹いた。砂を多く含んだ黒い風が視界を覆った。風と砂つぶてに襲われて、目を開けていられない。
ぶわっと強風に煽られて、身体が浮かんだ。そして誰かに抱きかかえられた。見えなくてもウェズリーだと分かった。
「逃がすかあーー!!」
ハワース魔法騎士長の怒号が響き渡った。細長い布のような感触が、何本も執拗に身体中にまとわりついてくる。生きている、まるで蛇のようだ。
その布蛇に絡め取られて、包まれ、引っ張られ、ゆっくりと落下していくのが分かった。
砂嵐が止んで目を開けたときには、私は地面にぺたりと座っていた。すぐそばにはローザが横向きに倒れていた。ぐったりしている。
「ローザっ」
慌てて抱き起こした。浅く開いた口から呻き声が漏れている。
「ちっ、忌々しい召喚魔め」
腕からポタポタと血を垂らした父が吐き捨てるように言った。
「陛下、すぐに解毒しましょう」
ハワース騎士魔法長が父に寄り添った。
「ああ。お前たち、ジェラルディンとこの召喚魔を捕らえて、地下牢へ入れておけ。奴を呼び戻す囮に使う」
両脇を兵士に固められ、手荒く連行されながら、ウェズリーの無事を祈った。




