涙の抱擁
「あのね、ウェズリー。私と、そのモーリス卿との婚約が決まったの。お父さまと公爵が話し合って」
だから私の希望ではないと、言い訳がましい口調になる。ウェズリーの反応が怖い。
「それって、いつ決まって、いつ結婚するの?」
ウェズリーは真顔で、問いただすように私を見据えた。一瞬暁の黒豹を彷彿とさせた、鋭い目つき。
ひっついてるローザを引き剥がし、ソファーの上に寝かせると、私にぐっと詰め寄った。
「昨日お父さまから聞いて、婚約式は来月で、結婚式は多分一年後くらい」
「そっか。じゃあ急がなきゃね。日曜日に出かけてくるよ」
「どこへ、何をしに?」
「ジェラルディンをさらって逃げる先の確保」
さらりと言われ、目をみはった。
「本気で当てがあるの?」
「ちゃんと可能にするって言ったでしょ。ジェラルディンは本気じゃなかった? 俺の空回り?」
アメジスト色の瞳が戸惑う私を映している。
さらって逃げてほしいと言ったのは私だ。でも実行に移すには大きな覚悟がいる。
「ウェズリーを愛している気持ちは本当よ。でも、私をさらって逃げたら、王女を連れて逃げたという罪をウェズリーに着せてしまう。もし見つかって捕まれば、最悪死刑になるかもしれない。一生それに怯えて暮らしていかなくちゃいけないのよ」
「俺が怖いのは、ジェラルディンといられなくなることだけだよ。後は何一つ怖くない。全人類を敵に回したって平気なんだ。地獄にだって喜んで落ちるよ」
それに、とウェズリーは言った。
「絶対に捕まらない自信がある。もし悪いことが起きても、命に替えてもジェラルディンのことは守り抜く。だからお願い、俺と一緒にいて。ジェラルディンがいないと駄目なんだ」
真っ直ぐで力強いウェズリーの言葉が胸を打ち、涙腺が崩壊した。王族は人前で泣くものではないと幼少期から厳しく躾けられ、母の葬儀でも唇を噛んで我慢した。
一粒ポロリと零れ出た涙は、それに続けてポロポロと流れた。
「わっ、ごめん。泣かせるつもりじゃ、ごめん、自分のことばっかり言って。ジェラルディンの気持ちが大事なのに、自分の気持ちばっかりで」
あたふたするウェズリーを、両手を広げてがばっと包みこんだ。
「ううん、すごく嬉しい。ウェズリーの気持ちが。私もずっと思ってた。ウェズリーに出会って、私にも生きる意味ができたって。それまでは、別にいてもいなくてもいい人間だと思ってた。毎日ウェズリーに会える時間を心の支えにしてきたの」
みっともなく泣きながら、気持ちを吐き出した。誰からも必要とされず、王女とは名ばかりで惨めに暮らしていた私に、光を与えてくれたのは紛れもなくウェズリーだ。
好きだからこそ、スキンシップは避けてきた。触れてしまって、姉弟でいられなくなることが怖かったから。愛しさが、過熱しそうで怖かったから。
ようやくウェズリーを、ぎゅっと抱きしめることができた。




