プレゼント
「ウェズリー、入るわよ!」
別邸の入り口で声を張り上げると、中からウェズリーが出てきた。
「いらっしゃ……わっ、すごい大荷物」
盛りだくさんのバスケットを見て、ウェズリーは目を丸くした。
「出先で貰ったお土産よ。食べてね。それより、さっきモニークから聞いたんだけど、」
視界の端にぱっと黃色いものが映った。丸テーブルの上に見慣れない一輪挿し、に挿さっている一輪の花――黄色いカサブランカだ。
ん?
これは……もしかしてあの……白ジャケットの男性ファンが投げ入れていた花束の?
「あっ、これ? ジェラルディンにあげたいなと思って」
一輪挿しからすっと抜き取ったカサブランカを手にしたウェズリーは、小さく何かを呟いた。するとカサブランカの茎が、ナイフでしゅぱっと切ったかのように取れた。一瞬のことで目を疑った。
ウェズリーはそのカサブランカを私の髪に差して、
「うん、やっぱり似合う」
と嬉しそうに笑った。
その笑顔はやっぱり可愛いのだけど、私は嬉しくなかった。この花の入手経路を知っているから。
ばっと周囲を見渡した。あの花束があれば決定的な証拠だ。しかし見える範囲に花束はない。どこかに置いてある?
ツカツカと歩いて、隣の部屋へ押し入った。この別邸は二部屋で構成されている。居間と寝室。寝室には普段立ち入らない。
「どうしたの? ジェラルディン」
追いかけてくるウェズリーの声に構わず、寝室を見渡した。床面積の大半をベッドが占めている、狭い部屋だ。家具らしい家具は他になく、壁の一面がクローゼットになっている。
そのクローゼットをバンッと開いた。
あった。『暁の黒豹』の黒尽くめの衣装と、ファンからのプレゼント。試合後に投げ込まれていたぬいぐるみや、リボンがかかったままの包み、手編みのマフラーが。動かぬ証拠だ。
ほぼ顔を隠している暁の黒豹に、素性を認めさせるには十分な物証だ。
「これ、歓楽街のストリートファイトの試合で勝って貰ったものよね?」
くまちゃんぬいぐるみを手に取って、くるりとウェズリーを振り返った。
「なんでジェラルディンが知ってるの?」
ウェズリーはアメジスト色の瞳を見開いて、すごく驚いた顔をした。
「昨日の試合を観たの。信じられない、あんなに危険なことをして。歓楽街に出入りするのも、もうやめて。今までが無事でも、これからも無事だとは限らない場所よ。本当に心配よ」
ウェズリーは私の両肩をがしっと掴んだ。
「ジェラルディンは!? 大丈夫? どこも何ともない!?」
あまりの勢いに面食らう。
「その言葉全部、ジェラルディンにも言いたい。試合を観に来るなんて信じられないよ。無事で良かったけど、絶対にもう二度と行かないで。ジェラルディンに何かあったら、俺どうすればいいの」
逆に怒られた。なんで私が。ウェズリーに言い返されることも、ましてや怒られることなんて初めてだ。
むっとして腹が立つのと、ガンっと殴られたようなショックを受けた。しかしすぐさま気づく、ウェズリーの切実さ。本当に心配で、不安そうな顔をしている。
本気で心配してくれているんだ。
「もう行かない。ウェズリーが行かないなら、行かない。お互いにそう約束しましょう。食事のことは、私が何とかするから。ごめんなさい。ご飯が足りていないことに、気づかなかった私が悪いわ」
えっとウェズリーが言った。
「ご飯が足りてないって、何の話?」
「大会で年間チャンピオンになると、歓楽街の大衆食堂で一年間食べ放題になるって聞いたわ」
「そうだけど。まさかそれが目的で、って思ってる?」
「違うの?」
「そんなに食いしん坊じゃないよ。もちろん食べ放題は嬉しいけど」
「じゃあなんで。やっぱりお金?」
「毎試合の賞金とは別に、年間チャンピオンになると金一封貰えるんだ。だけどそのために戦い続けてるってわけでもない。単純に、楽しいから。戦うのが。強い相手とやり合って、勝つと最高に気持ちいいんだ」
ぱっと顔を輝かせて笑うウェズリーに違和感を覚えた。
楽しくて最高? 暁の黒豹は、とてもそんな風には見えなかった。目は殺気立っていて態度は冷めていて、勝利してもまったく喜びを表さず、ファンから投げ込まれたプレゼントに一瞥もくれずに去った。
なのに、今はちゃんとここにある。フワフワのくまちゃんぬいぐるみ。
「ファンからキャーキャー言われるし?」
ぬいぐるみを目の高さに持ち上げて見せた。
「嬉しいよね、プレゼントいっぱい貰えて」
つい嫌味たらしく言ってしまう。
「全然。ゴミ投げられるほうが多いし。ぬいぐるみとかは、俺が持ってるより、子どもにあげたら喜ぶかなって。たまったら孤児院へ持って行ってる」
孤児院へ寄付か。弟はどんどん逞しく、立派になっている。もう私から与えられるだけの、か弱い生き物ではない。
与える側の人間に。そして、私以外の女からも求められる男になったのだ。
「ねえウェズリー、どこぞの貴族令嬢がウェズリーのこと欲しがってるって本当?」




