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婚約の強要

 しかし偽装工作も虚しく、この日は公爵家の人々全員が朝から色めき立っていた。


 まずモーリス卿が部屋を一歩出た途端に、


「きゃっ」「わっ」という声がした。


 公爵家のメイドと、私が連れて来ていた護衛騎士のアレンだった。


「おはようございますっ、モーリスさま。朝が来たので、ノックして良いものかどうか迷っておりました」


 とメイドが早口で言い、続けてアレンが


「ジェラルディンさまはご一緒ですよね? 一応、安否確認的な?」


 と言い訳のように言った。

 一応って何だと思ったが、仕方なく顔を出した。


「います」


「ワインを飲んで話しこんでいたら、二人とも酔っ払って寝てしまったんだ」


「そうでしたか」

「それは良かったです」


 食い気味に返事をした二人はギクシャクとした笑みを見せると、早急に仕事に取りかかった。


「ではジェラルディンさまのお着替えは私が」

「えっとじゃあ私は、部屋に戻って荷物をまとめておきますね」


 その動揺は屋敷中の使用人に伝わり、会う人会う人が色めき立った瞳でこちらを見てくる。


「聞いたか。ようやくモーリスさまにも春が」

「まさかそのお相手が王女殿下だとはねえ」

「長年の想い人という噂だぞ」

「それでお見合いもあんなに断りまくって?」

「しっ、噂をすれば」


 朝食の席まで案内される道中で聞こえてきた会話だ。あっという間に話が広がっているし、尾ひれと背びれがついている。人の噂、恐るべし。

 早くきちんと否定しなくては。いちいち使用人の噂を否定して回ることはできない。朝食の席でキッパリと言おう。


「んっまあ、ジェラルディンさま! 今朝は特にお美しいこと! ツヤツヤと光輝いて、女性の幸せに満ちておられますね」


 公爵夫人の先制攻撃。


「いえ、そんなことは。昨夜は酔ってすぐ眠ってしまいましたので。みっともなくてお恥ずかしい限りです」


「もうお母さまったら、野暮なことをおっしゃって。愛し合う二人の新しい門出をこうして祝福できるなんて、私たちもとっても幸せですわ。ジェラルディンさま、私のことは本当の姉だと思って、なんでもおっしゃってくださいね。子育てのことなら、少しはお役に立てるかと」


 ふんわりとして天然っぽい娘のほうが攻撃力が高い。子育てって。先走りが過ぎる。


「お優しい言葉、ありがとうございます。ですがハッキリ申し上げますと、私とモーリス卿は、男女の関係にはございません。私たちは友人……そう、仲の良いお友達ですので」


「そうなの?」


 と公爵夫人がモーリス卿を見た。


「はい、今のところは」


「ハッキリさせない、モーリス」


 と姉のアリスンが顔つきを厳しくした。


「あなたまさか、王女殿下と一夜を明かしておいて、一夜限りの話にするつもりじゃないでしょうね?」


 バンッと食卓をぶっ叩いて、アリスンは立ち上がった。


「モタモタしてんじゃないの。今すぐここで、求婚しなさい。早く」


 え?えええぇ! 

 ふんわり天然素材だと思っていたアリスンの変貌に目をみはった。


「姉上、落ち着いてください」


「あなた、事の重大さをちゃんと分かってるの? 真面目に求婚するつもりもなく、王女殿下を部屋に招き入れて泊めたっていうの? そんなことが許されるとでも?」


 こ、怖いよお姉さん。だけど怒っているのは、私のためのようだ。


「あ、あのアリスンさま。そこまで重大なことでは……」


 鬼のような形相が、ぐるっとこちらを向いた。


「ジェラルディンさまも。男の部屋で酔いつぶれて寝てしまうなんて、どう思われても仕方がないのですよ。婚約者が相手であれば、世間も納得し、醜聞は広まりません。ですのですぐに弟と婚約してください」


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