交渉
魔法陣を通り抜け、公爵家の地下室に戻ってきた。
「暁の黒豹は、弟君で間違いありませんね?」
モーリス卿が改めて尋ねた。
「と思いましたが、もしかしたら違うかも……」
観戦中はつい普通にウェズリー呼びしてしまったけど。王族の一員がアンダーグラウンドな場所に出入りし、殴り合いでお金を稼いでいるなんて、認めたらまずいのでは!
「モーリス卿は、どうして暁の黒豹がウェズリーだと思ったのですか。ほとんど顔を隠していますし、ウェズリーに会ったのも二回程度ですよね?」
「まさしく二回です。国王陛下が山で拾った子供をお育てになっているという話は知っていましたが、お会いしたのはモニーク姫のバースデーパーティーが初めてでした。二回目は、あのスイーツカフェで」
「ですよね」
「暁の黒豹の試合は、十一回見ています。彼の身体能力と魔力量は群を抜いています。実戦を重ねるたびに凄みを増し、今や桁外れです。ですので、弟君と初めて目を合わせたときに分かりました。あの化け物だと」
「化け物って」失礼な。
「失礼。化け物級に強いという褒め言葉です」
とにかく、とモーリス卿は言葉を続けた。
「弟君には、もうあそこには行かないよう言ってください」
「はい」と素直に返事をした。
言われなくてもそうするつもりだ。すぐにやめさせなきゃ。モーリス卿にしかバレていない今の内に。
「二度と行かせません。そうすれば、このことは黙っておいてもらえますか?」
もしこのことをモーリス卿が誰かに漏らしたり父に報告すれば、とうとうウェズリーは追い出されるだろう。王族の名誉を汚したと罵られるかもしれないし、罰を受けるかもしれない。
「お願いします」
「弟君にはどういう意図があると思いますか?」
「え?」
「あれだけの能力を隠し持って、真夜中にお城を抜け出しては、ストリートファイトに興じるとは。そんな風にコソコソ危ない橋を渡らなくても、堂々と自慢して、表舞台で発揮すれば良いと思いませんか? 養子とはいえ、第二王子でしょう。類まれなる魔法の才能があると分かれば、もてはやされ、国務の重要なポジションに就けるのではないですか。なぜそうせず、あえてアンダーグラウンドな遊びに興じているのでしょう。ジェラルディンさまならお分かりですか?」
予期せぬ質問に言葉を失った。
そうか、モーリス卿は知らないのだ。ウェズリーがお城でどう扱われているか。
犬小屋と呼ばれる別邸に一人で暮らし、身の回りの世話をする使用人も付かず、食事は少量で廃棄寸前のものが与えられる。学校も行かず、家庭教師も付かず、ただ放置されている。
父の気まぐれで急遽パーティーに出ることになり、慌てて小綺麗にされて、付け焼き刃のマナーを躾けたので、それなりに見えるようになっただけだ。
「……分かりません」
「そうですか。まあ、そういう年頃なのでしょうね。私もあのくらいの年には、身の回りの環境や家族の言動がいちいち気に入らなくて、反抗的な態度を取っていましたので。悪い遊びにも興味がありましたし。今思えば、若気の至りです」
「反抗期、ですね。そう、ウェズリーもきっとそうなんです。特に深い理由もなく、ああいうことに手を出してしまったんだと思います。よく言って聞かせますので、どうか穏便に……」
「そうしたいところですが」
とモーリス卿は言った。
「穏便に済ませられるかどうかは、私次第ではないようです。まだ色々と気にかかることがありますので、引き続き調査いたします。判断材料が揃うまでは、弟君のことは黙っていましょう。お約束します。その代わり、ジェラルディンさまも調査にご協力ください」




