ファンとアンチ
ブラックハンマーが先手必勝とばかりに、丸太のような右腕を振り上げて、暁の黒豹に向かって突進した。身体の大きさが2倍以上違って見える。
ぶんと振り下ろされた拳は床に当たった。暁の黒豹が、軽い身のこなしで後ろへ飛びのいたからだ。バキバキっと床がひび割れた。恐ろしい怪力だ。
しかし身体が大きく重い分、動作は遅いようだ。再びぶんと腕を振り上げて、獲物に狙いを定める。ウェズリー、逃げて!
ウェズリーは冷静だった。ひらりと身をかわし、着地すると短い呪文を唱えた。まるで陽炎のようにウェズリーの身体の輪郭がゆらっと揺らめいたかと思うと、黒っぽいもやが立ち上った。
「防御魔法です。衝撃を吸収します」
モーリス卿の解説が入る。なるほど、それなら安心だ。あの丸太のような腕でぶん殴られても、衝撃を吸収してダメージを受けないのね?
その予想は裏切られた。ウェズリーは一度も殴られなかったのだ。
ブンブン振り回される丸太をすべて器用によけて、逃げるだけに留まらず的確なパンチやキックを繰り出して、確実にダメージを与えた。
空振りしてばかりのブラックハンマーは、最後の大振りが空を切ったあと、ぐらりと一回転して仰向けに倒れた。勝負ありだ。
しかしこの試合はどちらかが参ったと言うか、参ったというポーズを示すか、戦闘不能な状態になるかじゃないと、勝敗が判定されない。
ゼエゼエと体全体で息をしているブラックハンマーの意識はあるが、参ったという意思表示はせずに、ただ倒れている。
ウェズリーは少し距離を置いたところから、それを見下ろした。
一試合目の烈火のドラゴンの戦いぶりを思い出した。相手に参ったと言わせるため、弱っている相手を容赦なく追い詰め、ボコボコにして勝利を得た。手加減すれば足元をすくわれる、真剣勝負だから。
固唾を呑んでウェズリーを見守った。勝ってほしい。だけど、へたり込んで倒れている相手に向かって、殴る蹴るする弟は見たくない。
「やれーー! トドメだーー!」
「いけーアカ豹! ぶっ潰せー!!」
ワーワーと観客たちが囃し立てる。
やめてウェズリー、お願い。
二分ほど膠着状態が続いた。ウェズリーもブラックハンマーも動かず、観客たちの声援が怒号に変わる。
ブラハマが両手を高く上げた。降参の合図だ。
「勝利、暁の黒ひょーーーうっ!」
司会者が高らかに宣言し、ウェズリーの手を取り高く持ち上げた。
ワアアァという大きな歓声に混じって、ブーブーという地を這うような低いブーイングが響き、キャアアアという黄色い金切り声が上がった。
その声に目を向けると、派手なドレスを着た女性数人が最前列にいた。アカツキさまー!と叫んで立ち上がり、前に向かって物を投げこんでいる。リボンをかけた包みや、ぬいぐるみ、花束。
ギョッとしていると、それを皮切りにあちこちから物が飛び交った。カラフルな紙テープや、くしゃくしゃに丸めた紙くず、ハンカチなど。
「ふざけんなっ、ぬるい試合しやがって! 金返せ!!」
後ろの席の男がそう叫んで帽子を投げたので、モーリス卿が咄嗟に私を庇う姿勢を取った。
「ウェズリーって嫌われてるの?」と小声でモーリス卿に尋ねた。
「三十三勝のチャンピオンなので、熱烈なファンもアンチも多いですね。人気があるということです。ほら、ちゃんと男性ファンも」
モーリス卿が指し示した方を見ると、わざわざ前の方まで歩いて行って、花束を投げ入れる男性の姿があった。白っぽい服を着た、この場には珍しく上品そうな客だ。花束は黄色のカサブランカ。
当のウェズリーは無視を決め込んでいる。司会者から賞金だけを受け取ると、何の反応も見せずに立ち去った。
どこからか現れた黒服の男たちが、観客席から投げこまれた物を拾って片付け始めた。
司会者が終わりの挨拶と来週の宣伝を喋り続けるなか、観客たちはダラダラと席を立つ。
混雑をさけて、私とモーリス卿もノロノロと出口へ向かった。




