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リングネーム

 ふっと周りの空気が変わった。

 気づいたら、神殿のような場所の床に描かれた大きな魔法陣の中心に立っていた。


「無事、来られましたね」


 すぐそばにモーリス卿がいて、私に手を差し出した。馬車から降りるときのようにその手を取り、魔法陣の外へ出た。


 神殿のような場所だと思ったのは、大理石の床と彫刻で飾られた柱がそれっぽかったからだが、あちこちひび割れ欠けていて、周りには壁がない。床と天井を太い柱で支えているだけの、オープンスペースだ。

 ひんやりした夜風が吹き抜ける。バカでかい魔法陣の青白い光のおかげで、明るかった。


「ここがその、歓楽街の『公共の魔法陣』とやらですか」


「ええ。この大きな魔法陣は何百年と、薄れるごとに大勢の魔法使いが描き足してきたので、個人のものではなくなり、公共利用できるのです。メンテナンスに関わった魔法使いと、その承認を受けた者に限りますが」


「じゃあ、帰るときもここから帰れるんですね」


「はい。さあ、行きましょう。はぐれないよう、ピタリと寄り添ってくださいね」


 外へ出ると、そこはTHE歓楽街だった。

 魔法の蛍光剤を使ったピカピカ光る派手な看板。酒場や、もっといかがわしそうな店が建ち並んでいる。道幅は狭くごちゃごちゃしていて、人でごった返している。

 言われたとおりピタリとモーリス卿に寄り添って、なんとか目的地に着いた。


「ここは……食堂?」


「上は大衆食堂で、地下に試合会場があります。年間チャンピオンになると、この大衆食堂での食事代が一年間無料になるんですよ」


 なんと。それを聞いてハッとした。ひょっとしてウェズリーはそれが目的で?

 なんてこと。そこまでひもじい思いをしていたなんて。カチコチのパンの代わりにと色々差し入れしていたが、足りなかったんだ。


 美味しいものを食べてほしいと味にこだわって選んでいたが、質より量のほうが大事だったんだ。食べ盛りの男子なのだから。

 考えが至らなかった。私の責任だ。


「足元にお気をつけください」


 地下への階段を下りると、地上からは想像できない広さのホールになっていた。丸い円形のスペースが中央にあり、それを取り囲むようにして木で組まれた座席がある。座席は一番前から後ろまで、だんだん少しずつ高く作られている。前が邪魔で見えない問題を考慮した設計だ。コロシアム風。


 入り口の受付で、モーリス卿は二名分のチケットを渡した。前もって私の分も用意してくれていたようだ。本当に何から何までお世話になっている。「貸しですね」が回収されないままに増えていく。

 ちょうど真ん中あたりの列にモーリス卿と隣り合わせて座り、周囲をうかがった。やはりガラの悪そうな男が大半を占める。すこぶる場違い感。


「試合は毎週木曜日、一日に二試合あります」


 開幕までまだ少し時間があり、モーリス卿が説明を始めた。


「一試合目で戦って勝った者が、次の週にチャンピオンと戦う権利を得ます。二試合目は、前の週に勝った者とチャンピオンが戦います。勝ったほうが暫定チャンピオンになります。暁の黒豹は三十二試合勝ち抜いて、チャンピオンの座を防衛し続けています」


「暁の黒豹?」


「弟君のリングネームです。出場者は素性を明かさず、試合用の名前を使いますので」


「そうなんですね……」


 衝撃だ。暁の黒豹って。どこからそうなった。格好良いようでそうじゃないような。第一、ウェズリーのイメージじゃない。黒髪っていうだけじゃない?


 私の困惑を感じ取ったのか、モーリス卿が補足した。


「名付けたのは多分興行者でしょう。本人の希望が無ければ、興行者が適当に付けます」


「なるほど」


 ウェズリーのネーミングセンスを疑ってごめんなさいだ。


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