魔法陣
モーリス卿の案内で、魔法陣のある地下の部屋へと移動した。人目に触れずにモーリス卿の部屋と行き来できる設計になっている。隠し部屋だ。
「わあ、秘密基地っぽい!」
感嘆の声を上げた。作り付けの本棚にはどっしりとした魔法の本が詰まっている。ウェズリーが見たら喜びそうだ。
薄暗い部屋にぼんやりと青い光が差している。そちらの方向に顔を向け、はっと息を呑んだ。
「これが……魔法陣」
なんて綺麗なんだろう。青白く発光している。強烈ではない、淡い光。てっきり床に描かれているものだと思っていた。
「壁に描いてあるんですね。床にあるイメージでした」
モーリス卿は柔和な笑みを浮かべた。
「戦闘魔法用の魔法陣は大体そうですね。移動用は床でも壁でもどちらでも、描きやすいほうで。立つ場所を奪わないので、私は壁派です」
「これを描くって、かなり大変そう」
緻密な、レース編みのような模様。芸術品の域だ。見惚れてしまう。
「人によりますが、私は一日がかりでした。昨日、十八時間かけて」
「じゅうはちじかん」
くらっとした。が気を取り直して、
「では、さっそく!」
「そう慌てなくても大丈夫です。一瞬で着きますので、まだ早いですよ。あまり早く着きすぎても、治安の悪い場所なので。長居せずに、さっと行って、さっと帰って来ましょう」
なるほど。まだ時間があるのなら、聞きたいことがある。
「この魔法陣を使えば、瞬間移動できるんですよね。すごく便利なのに、普段は利用されないんですか?」
素朴な疑問だ。昨日描いたということは、
「わざわざ今日のためだけに?」
「ええ。この魔法陣は、魔法協会管理下の、歓楽街にある公共利用ができる魔法陣に繋げてあります。普通の魔法陣は、出入り口が一対になっています。一つの入り口から、どこへでも行けるわけではありませんので。公共利用できるものが目的地付近に無ければ、自分で描く必要がありますが、所有地でもない限り、勝手に設置はできません。設置しっぱなしでは薄れていくので、定期的なメンテナンスも要りますし、維持が面倒なのです」
「そ、そうなんですね」
聞くだけで頭がパンパンだ。
「私の腕では十八時間かかりますので、馬を飛ばしたほうが大抵早いですし」
「ですよね」
そりゃそうだ。なのに十八時間もかけて、気の遠くなるような緻密な魔法陣を描き上げてくれたのだ。なんでそこまでしてくれたのだろう?
モーリス卿の目的が分からない。分からないけど、
「ありがとうございます」
心から感謝を込めてお礼を述べた。
根を詰めた十八時間の対価としては軽すぎるだろうけれど。急激に申し訳なさが湧いてきた。
モーリス卿の柔和な笑みが消えた。
サファイア色の瞳がじっと私を見つめる。
「いえ、私が勝手にしたことですから」
ああそれと、とモーリス卿は思い出したように言った。
「個人が描いた魔法陣は、基本的に描いた本人しか使用できません」
「え?」
じゃあ私は無理じゃないか。
「描いた本人の承認を受ければ、他の人も使用できます」
ほっとした。
「じゃあ、承認をよろしくお願いします」
「ええ、もちろん。それで承認の方法なのですが……」
モーリス卿は珍しく言い淀んだ。
「何でしょう?」
「手と、手を」
「手と手を?」
「繋いで」
「繋いで」
「おでことおでこを」
「おでことおでこを?」
「くっつけます」
「くっつける!?」
ええぇ、ぐんとハードルが上がった。手と手を繋ぐところを想像しただけで、ぎょえっとなったのに、おでことおでこを!? 恥ずかしすぎませんか!
「はい。私の魔力を手と額を通じて、お裾分けする感じです」
「な、なるほど」




