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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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レベリング開始。村と、ひとつの決意

 洞窟でのスライム騒動から一夜明け、ハルトは村長からの依頼で報酬を受け取ったあと、リリアを護衛しながら村へ戻っていた。日差しは柔らかく、鳥の鳴き声と森の風の音が心地よい。昨日までのドタバタが嘘のように平和だ。


 もっとも、彼の心の中は落ち着いてはいなかった。


 魔石を拾い、洞窟から脱出する間に、リリアの顔を間近で見た。泣きそうになった後の微妙に赤い目。必死だった表情。励ました時に見せたささやかな笑顔。それらが頭から離れない。


 そして、あの「胸に飛び込まれた瞬間」で一気にレベルが上がってしまった爽快感が、いまだに身体の奥で熱となって残っていた。


 愛の力が経験値になる。


 つまり、自分が女性に好かれれば好かれるほど強くなれる。


 あの時の激しいステータス上昇は、たぶんリリアの感情が瞬間的に大きく揺れたからだ。


(この世界で強くなるには、愛されること……なのか)


 そんなことを考えながら歩いていると、隣のリリアがちらりとハルトの顔を見上げた。


「……あの、昨日は本当にありがとうございました」


「いえ、僕はただ……」


「助けていただいて……すごく、うれしかったです」


 声が小さく、最後の言葉が風にかき消されそうだった。


 その瞬間、胸の奥でかすかに光がともるような感覚が走った。


《愛情反応:微細。経験値+5》


 頭の中のウィンドウが勝手に開き、経験値がわずかに上昇したのが分かった。


(こ、これくらいでも経験値入るのか……)


 リリアに礼を言われた嬉しさと、同時に背徳的なような、不思議な気持ちがこみ上げる。


 この村に来てまだ数日。

 それでも、彼女は確かに自分を信頼し始めている。


 しばらく無言で歩いていると、村の入り口が見えてきた。見張り役の男性がリリアの姿を見つけて駆け寄ってくる。


「リリア!無事だったのか!」


「お父さん……ただいま。大丈夫です」


 父親らしい男がリリアに抱きつく。

 それを見た村人たちが集まり、洞窟で起きた出来事を聞いて驚きと安堵の声を上げた。


 ハルトは「そんな大したことは……」と何度も言いながら、半ば強引に感謝され、村長宅へと案内された。



「スライム退治の件、まことに感謝する。リリアも無事で、本当に助かった」


 村長は深々と頭を下げた。


「こちらが報酬だ。……とはいえ、村の財政も厳しくてな、あまり多くは渡せんが」


 ハルトは袋を開け、中に入った銀貨を確認する。


(……日本円なら、数千円くらいか)


 だが、それでも十分だった。

 この村の物価は安いし、今の自分には装備もロクにない。宿代も必要だ。


「十分すぎます。本当にありがとうございました」


 そう頭を下げると、村長は少しだけ表情を曇らせた。


「ハルト殿……リリアは、おそらく少し特別な感情を抱いておる」


「……え?」


 心臓が飛び跳ねそうになる。


「助けてもらった恩もあるが、それ以上に……あの子は、昔から強い人に憧れていた。だから余計に、そなたに惹かれやすいのだろう」


「い、いや、それは……」


「もちろん、そなたが誠実な男であることは分かっておる。しかし……父親としては、複雑でな」


 村長は苦笑した。


「だから、これを渡しておきたい」


 差し出されたのは一冊の古びた本。

 革張りのカバーには、女神の紋章が刻まれている。


「これは、冒険者の初歩から魔法の基礎、世界の地理まで書かれた“導きの書”と呼ばれるものだ。そなたの旅の助けになるだろう」


「よろしいんですか……?」


「娘の命を救ってくれた恩は、この程度では返せん」


 まっすぐな目を向けられ、ハルトは少し胸が熱くなった。



 村長宅を出ると、夕暮れの光が村を橙色に染めていた。


 宿に戻る前に、ハルトは村の広場へと足を向けた。

 そこには井戸があり、リリアが水を汲んでいた。


「あ、ハルトさん」


「お疲れさま。手伝おうか?」


「はい。……あの、昨日のことなんですけど」


 リリアは桶を置き、言いにくそうに指をもじもじさせた。


「私……すごく怖かったのに、ハルトさんはちゃんと守ってくれて……。だから、私……その……」


 言葉に詰まり、頬が少しだけ赤く染まる。


 その瞬間、また胸の奥が優しく光った。


《愛情反応:微増。経験値+12》


(こんなに素直に……。けど、このままじゃダメだ)


 彼女が惹かれているのは、あくまで「助けてくれた恩」だけかもしれない。

 本当に自分を好きなのか、自分の内面を見てくれているのかは、まだ分からない。


 それに、ここで簡単に関係を深めすぎれば、自分がこの村に縛られてしまう。


 魔王討伐という大きな目標がある。


 そして、この世界では「愛されること」が強さにつながる。

 旅の途中で、多くの女性と出会うはずだ。


 そのたびに、向き合い、助け、近づき、心を通わせる。

 その繰り返しの先に、自分の成長と答えがあるのだろう。


 ハルトは深呼吸し、リリアに向き合った。


「リリア。ありがとう。でもね、僕にはやらなきゃいけないことがある」


「やらなきゃいけないこと……?」


「魔王を倒す旅に出ようと思うんだ」


 リリアの表情から、色が消えた。

 そして、震える声が返ってくる。


「……行っちゃうんですか?」


「うん。でも、必ずまた戻ってくるよ」


 これが嘘にならないように、ハルトは決意を固めて言った。


「旅に出て、強くなる。そのために僕は……前に進まないといけない。だから……」


 リリアは小さく息を吸った。


「……待っています。ずっとは無理かもしれないけど……でも……できるだけ、待っています」


 その言葉に、胸の奥がまた光る。


《愛情反応:強。経験値+30》


 ハルトはその表示を見ないようにして、まっすぐリリアの瞳を見る。


「ありがとう。リリアの気持ち、ちゃんと受け取ったよ」


 リリアはうつむき、小さく微笑んだ。


「……がんばってください」


「うん」


 ひんやりした井戸の風が二人の間を抜けた。

 どこか切なく、けれど温かい空気だった。



 その夜、宿に戻ったハルトはベッドに座り、導きの書をひらいた。


 世界の歴史、魔族の侵攻、魔王の存在、そして冒険者の成長方法……。


 ページをめくるたびに、頭の中に新しい情報が流れ込んでくる。


 気づけば外は真っ暗だった。


「愛されるほど強くなるスキル……。僕にはこれしかない。だったら、正しく使わないとな」


 村娘リリアは優しくて、素直で、簡単に距離を縮められた。

 だが、これから先に現れる女性たちは、きっとそんな簡単には心を開いてくれない。


 クールな女冒険者。

 気の強い女騎士。

 高慢な王女。

 魔族の姫。

 さらには魔王軍の四天王クラスの女性もいるらしい。


 攻略難易度はこれからどんどん上がっていく。


「面白くなってきた……!」


 ハルトは拳を握った。


 村での最初の出会いが、彼の旅の第一歩となる。

 その先にある、無数の出会いと愛情と成長を胸に抱えながら、彼は静かに眠りについた。

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