レベリング開始。村と、ひとつの決意
洞窟でのスライム騒動から一夜明け、ハルトは村長からの依頼で報酬を受け取ったあと、リリアを護衛しながら村へ戻っていた。日差しは柔らかく、鳥の鳴き声と森の風の音が心地よい。昨日までのドタバタが嘘のように平和だ。
もっとも、彼の心の中は落ち着いてはいなかった。
魔石を拾い、洞窟から脱出する間に、リリアの顔を間近で見た。泣きそうになった後の微妙に赤い目。必死だった表情。励ました時に見せたささやかな笑顔。それらが頭から離れない。
そして、あの「胸に飛び込まれた瞬間」で一気にレベルが上がってしまった爽快感が、いまだに身体の奥で熱となって残っていた。
愛の力が経験値になる。
つまり、自分が女性に好かれれば好かれるほど強くなれる。
あの時の激しいステータス上昇は、たぶんリリアの感情が瞬間的に大きく揺れたからだ。
(この世界で強くなるには、愛されること……なのか)
そんなことを考えながら歩いていると、隣のリリアがちらりとハルトの顔を見上げた。
「……あの、昨日は本当にありがとうございました」
「いえ、僕はただ……」
「助けていただいて……すごく、うれしかったです」
声が小さく、最後の言葉が風にかき消されそうだった。
その瞬間、胸の奥でかすかに光がともるような感覚が走った。
《愛情反応:微細。経験値+5》
頭の中のウィンドウが勝手に開き、経験値がわずかに上昇したのが分かった。
(こ、これくらいでも経験値入るのか……)
リリアに礼を言われた嬉しさと、同時に背徳的なような、不思議な気持ちがこみ上げる。
この村に来てまだ数日。
それでも、彼女は確かに自分を信頼し始めている。
しばらく無言で歩いていると、村の入り口が見えてきた。見張り役の男性がリリアの姿を見つけて駆け寄ってくる。
「リリア!無事だったのか!」
「お父さん……ただいま。大丈夫です」
父親らしい男がリリアに抱きつく。
それを見た村人たちが集まり、洞窟で起きた出来事を聞いて驚きと安堵の声を上げた。
ハルトは「そんな大したことは……」と何度も言いながら、半ば強引に感謝され、村長宅へと案内された。
◆
「スライム退治の件、まことに感謝する。リリアも無事で、本当に助かった」
村長は深々と頭を下げた。
「こちらが報酬だ。……とはいえ、村の財政も厳しくてな、あまり多くは渡せんが」
ハルトは袋を開け、中に入った銀貨を確認する。
(……日本円なら、数千円くらいか)
だが、それでも十分だった。
この村の物価は安いし、今の自分には装備もロクにない。宿代も必要だ。
「十分すぎます。本当にありがとうございました」
そう頭を下げると、村長は少しだけ表情を曇らせた。
「ハルト殿……リリアは、おそらく少し特別な感情を抱いておる」
「……え?」
心臓が飛び跳ねそうになる。
「助けてもらった恩もあるが、それ以上に……あの子は、昔から強い人に憧れていた。だから余計に、そなたに惹かれやすいのだろう」
「い、いや、それは……」
「もちろん、そなたが誠実な男であることは分かっておる。しかし……父親としては、複雑でな」
村長は苦笑した。
「だから、これを渡しておきたい」
差し出されたのは一冊の古びた本。
革張りのカバーには、女神の紋章が刻まれている。
「これは、冒険者の初歩から魔法の基礎、世界の地理まで書かれた“導きの書”と呼ばれるものだ。そなたの旅の助けになるだろう」
「よろしいんですか……?」
「娘の命を救ってくれた恩は、この程度では返せん」
まっすぐな目を向けられ、ハルトは少し胸が熱くなった。
◆
村長宅を出ると、夕暮れの光が村を橙色に染めていた。
宿に戻る前に、ハルトは村の広場へと足を向けた。
そこには井戸があり、リリアが水を汲んでいた。
「あ、ハルトさん」
「お疲れさま。手伝おうか?」
「はい。……あの、昨日のことなんですけど」
リリアは桶を置き、言いにくそうに指をもじもじさせた。
「私……すごく怖かったのに、ハルトさんはちゃんと守ってくれて……。だから、私……その……」
言葉に詰まり、頬が少しだけ赤く染まる。
その瞬間、また胸の奥が優しく光った。
《愛情反応:微増。経験値+12》
(こんなに素直に……。けど、このままじゃダメだ)
彼女が惹かれているのは、あくまで「助けてくれた恩」だけかもしれない。
本当に自分を好きなのか、自分の内面を見てくれているのかは、まだ分からない。
それに、ここで簡単に関係を深めすぎれば、自分がこの村に縛られてしまう。
魔王討伐という大きな目標がある。
そして、この世界では「愛されること」が強さにつながる。
旅の途中で、多くの女性と出会うはずだ。
そのたびに、向き合い、助け、近づき、心を通わせる。
その繰り返しの先に、自分の成長と答えがあるのだろう。
ハルトは深呼吸し、リリアに向き合った。
「リリア。ありがとう。でもね、僕にはやらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと……?」
「魔王を倒す旅に出ようと思うんだ」
リリアの表情から、色が消えた。
そして、震える声が返ってくる。
「……行っちゃうんですか?」
「うん。でも、必ずまた戻ってくるよ」
これが嘘にならないように、ハルトは決意を固めて言った。
「旅に出て、強くなる。そのために僕は……前に進まないといけない。だから……」
リリアは小さく息を吸った。
「……待っています。ずっとは無理かもしれないけど……でも……できるだけ、待っています」
その言葉に、胸の奥がまた光る。
《愛情反応:強。経験値+30》
ハルトはその表示を見ないようにして、まっすぐリリアの瞳を見る。
「ありがとう。リリアの気持ち、ちゃんと受け取ったよ」
リリアはうつむき、小さく微笑んだ。
「……がんばってください」
「うん」
ひんやりした井戸の風が二人の間を抜けた。
どこか切なく、けれど温かい空気だった。
◆
その夜、宿に戻ったハルトはベッドに座り、導きの書をひらいた。
世界の歴史、魔族の侵攻、魔王の存在、そして冒険者の成長方法……。
ページをめくるたびに、頭の中に新しい情報が流れ込んでくる。
気づけば外は真っ暗だった。
「愛されるほど強くなるスキル……。僕にはこれしかない。だったら、正しく使わないとな」
村娘リリアは優しくて、素直で、簡単に距離を縮められた。
だが、これから先に現れる女性たちは、きっとそんな簡単には心を開いてくれない。
クールな女冒険者。
気の強い女騎士。
高慢な王女。
魔族の姫。
さらには魔王軍の四天王クラスの女性もいるらしい。
攻略難易度はこれからどんどん上がっていく。
「面白くなってきた……!」
ハルトは拳を握った。
村での最初の出会いが、彼の旅の第一歩となる。
その先にある、無数の出会いと愛情と成長を胸に抱えながら、彼は静かに眠りについた。




