エルナの素顔と、新たな異変の気配
翌朝。
昨日の山での出来事がまだ頭に残っていて、なんとなく落ち着かないまま目を覚ました。
エルナの圧倒的な戦い方。
そして、最後に見せた意外な表情。
(怖い人だと思ってたけど……違うのかもな)
あの鋭い瞳の奥にあるものが、どうにも引っかかっていた。
リリアは朝食をテーブルに並べながら、こちらを見て微笑む。
「今日も依頼に行くんですよね?」
「ああ。ギルドで確認してから考えるけど……昨日の山がどうにも気になって」
「魔王軍の噂ですよね。あまり無茶はしないでくださいね」
「大丈夫。ちゃんと段階踏んで冒険するよ」
そう答えると、リリアはほっと微笑んだ。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
家を出ると、朝日が心地よく体を照らした。
自然と気持ちが前向きになる。
◆
ギルドに入ると、ミナがカウンター越しに手を振ってきた。
「来たわね、ハルト。丁度いいところよ」
「おはようございます。何かありました?」
「エルナがさっき来てね。山で“妙な痕跡”を見つけたって」
「痕跡……?」
「魔王軍のものかもしれない、って」
胸がざわつく。
(昨日のレッドエイプの異常な暴れ方……単なる魔物の活動じゃなかったのか?)
「ハルト、あまり心配しすぎないで。今の段階では偵察レベルよ」
「はい。でも気になりますね」
「それと、今日は軽めの依頼を用意してるわよ。昨日の討伐数も十分だし、無理のない範囲でね」
ミナは依頼書を並べながらくすっと笑った。
「そういえば、エルナ……あんたのこと、珍しく悪く言ってなかったわよ」
「え、本当ですか?」
「ちょっと口が荒いだけで、根はいい人なのよ。強すぎて、仲間がすぐ離れちゃうこともあるみたいだし」
(だから距離を置いてたのか……)
昨日の態度の裏側に、そんな事情があったのかもしれない。
◆
軽めの依頼を受けて、森の中で魔物を数体討伐しながらの帰り道。
山の入り口から少し離れたところで、俺は妙な音を耳にした。
チリ……チリ……
焚き火のような、何かが燃えるような音。
(こんな場所で火……?)
慎重に近づくと、そこには小さな野営跡があった。
灰になった木材、焦げた地面。
(人が使ったにしては雑だな……)
周囲には見慣れない足跡がある。
狼でもボアでもない、大きくてひずんだ足跡。
「魔物……?」
ただの魔物にしては妙すぎる。
もう少し調べようと腰をかがめた瞬間。
「動くな!」
鋭い声が背後から飛んだ。
「えっ……!」
振り返ると、剣を構えたエルナが立っていた。
「あ、エルナさん……!」
「なぜここにいる。危険だと言っただろう」
「いや、その……依頼の帰りに気になって……」
エルナは少し険しい顔をしたが、剣を引いた。
「……無事ならいい。だが、お前がひとりで調べていい場所ではない」
「そんなに危険なんですか?」
エルナは跡地に視線を落とす。
「これは……魔族の先遣隊が使う火の跡に似ている」
「魔族……」
「誰かがここを拠点にしようとしているのかもしれない」
ゴクリ、と唾を飲む。
魔王軍の影が、確実に近づいているのだ。
「エルナさんはこれを調べに?」
「偵察は私の役目だ。お前は村に戻れ」
「でも、何か手伝えることがあれば……」
「ない」
即答。
しかしその声には昨日ほどの冷たさはなかった。
「お前を危険に巻き込むわけにはいかない。……まだ弱い」
胸に刺さる言葉だ。
だが、昨日とは違う。
「……エルナさん」
「何だ」
「俺、強くなりたいです。もっと。昨日のあなたの戦いを見て、そう思いました」
エルナが少しだけ瞳を大きくした。
「……なぜそこまで?」
「守りたい人がいるから。リリアも、村の人も……」
そして、言葉が自然と続く。
「エルナさんみたいに戦えるようになりたいんです」
エルナは驚いたように視線をそらした。
「……お前、簡単にそういうことを言うな」
「え?」
「戦士として尊敬している、とか……そういう言葉は……」
エルナはわずかに頬を赤くした。
「軽く言われると……困る」
「い、いや、軽くなんて……!」
「……わかっている。ただ……お前は、その……不器用だな」
「そ、そっちに言われたくは……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
エルナが鋭く睨むが、その顔はどこか照れている。
(この人……実はツンデレなのか?)
昨日の印象を大幅に更新する事実だった。
◆
エルナは跡地を調べ終わると、真剣な顔で言った。
「ハルト。お前の気持ちは理解した。だが、だからこそ、ここから先は危ない」
「でも……」
「強くなりたいなら、手順を踏め。焦りは死に繋がる」
エルナの声は冷静で、優しさすらあった。
「それに……」
彼女は少しだけ言いづらそうに続ける。
「お前が死んだら……リリアが悲しむ」
「エルナさんも、悲しみます?」
一瞬、エルナの肩が震えた。
「な、なぜ私が……」
「昨日助けてくれたし、今日も心配してくれて」
「私はお前が無謀だからそう言っているだけだ!」
「あ、すいません」
「……ふん」
エルナはそっぽを向くが、耳が赤い。
(やっぱり、ちょっとかわいいな、この人……)
◆
安全な場所で別れた後、俺は村へ戻った。
リリアは心配そうに迎えてくれる。
「おかえりなさい……! 本当に無事でよかった」
「ただいま、リリア。今日はちょっと危ない跡地を見つけてさ」
「ハルトさん……気をつけてくださいね。本当に」
「うん。ありがとう」
リリアは胸に手を当て、大きく息をついた。
「ハルトさんが無事だと……それだけで、安心します」
その言葉はとても真っ直ぐだった。
【経験値+200】
【レベル7 → 8】
(いつか、この優しい子を守れるだけの力を絶対につける)
強くそう思った。
◆
夜。
寝床で目を閉じながら、今日の出来事を思い返す。
エルナが見せた素顔。
魔族の痕跡らしきもの。
迫る危機の気配。
(このままじゃ終われない。絶対に強くなる)
心の奥から、ゆっくりと熱が湧いてくる。
俺は静かに誓った。
(明日からもっと鍛える。魔王軍が来る前に……俺も準備しないと)
異世界転生したばかりの弱いサラリーマンは、
ゆっくりではあるが、確実に戦士へと変わり始めていた。




