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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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エルナの素顔と、新たな異変の気配

 翌朝。

 昨日の山での出来事がまだ頭に残っていて、なんとなく落ち着かないまま目を覚ました。


 エルナの圧倒的な戦い方。

 そして、最後に見せた意外な表情。


(怖い人だと思ってたけど……違うのかもな)


 あの鋭い瞳の奥にあるものが、どうにも引っかかっていた。


 リリアは朝食をテーブルに並べながら、こちらを見て微笑む。


「今日も依頼に行くんですよね?」


「ああ。ギルドで確認してから考えるけど……昨日の山がどうにも気になって」


「魔王軍の噂ですよね。あまり無茶はしないでくださいね」


「大丈夫。ちゃんと段階踏んで冒険するよ」


 そう答えると、リリアはほっと微笑んだ。


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


 家を出ると、朝日が心地よく体を照らした。

 自然と気持ちが前向きになる。



 ギルドに入ると、ミナがカウンター越しに手を振ってきた。


「来たわね、ハルト。丁度いいところよ」


「おはようございます。何かありました?」


「エルナがさっき来てね。山で“妙な痕跡”を見つけたって」


「痕跡……?」


「魔王軍のものかもしれない、って」


 胸がざわつく。


(昨日のレッドエイプの異常な暴れ方……単なる魔物の活動じゃなかったのか?)


「ハルト、あまり心配しすぎないで。今の段階では偵察レベルよ」


「はい。でも気になりますね」


「それと、今日は軽めの依頼を用意してるわよ。昨日の討伐数も十分だし、無理のない範囲でね」


 ミナは依頼書を並べながらくすっと笑った。


「そういえば、エルナ……あんたのこと、珍しく悪く言ってなかったわよ」


「え、本当ですか?」


「ちょっと口が荒いだけで、根はいい人なのよ。強すぎて、仲間がすぐ離れちゃうこともあるみたいだし」


(だから距離を置いてたのか……)


 昨日の態度の裏側に、そんな事情があったのかもしれない。



 軽めの依頼を受けて、森の中で魔物を数体討伐しながらの帰り道。

 山の入り口から少し離れたところで、俺は妙な音を耳にした。


 チリ……チリ……


 焚き火のような、何かが燃えるような音。


(こんな場所で火……?)


 慎重に近づくと、そこには小さな野営跡があった。

 灰になった木材、焦げた地面。


(人が使ったにしては雑だな……)


 周囲には見慣れない足跡がある。

 狼でもボアでもない、大きくてひずんだ足跡。


「魔物……?」


 ただの魔物にしては妙すぎる。

 もう少し調べようと腰をかがめた瞬間。


「動くな!」


 鋭い声が背後から飛んだ。


「えっ……!」


 振り返ると、剣を構えたエルナが立っていた。


「あ、エルナさん……!」


「なぜここにいる。危険だと言っただろう」


「いや、その……依頼の帰りに気になって……」


 エルナは少し険しい顔をしたが、剣を引いた。


「……無事ならいい。だが、お前がひとりで調べていい場所ではない」


「そんなに危険なんですか?」


 エルナは跡地に視線を落とす。


「これは……魔族の先遣隊が使う火の跡に似ている」


「魔族……」


「誰かがここを拠点にしようとしているのかもしれない」


 ゴクリ、と唾を飲む。


 魔王軍の影が、確実に近づいているのだ。


「エルナさんはこれを調べに?」


「偵察は私の役目だ。お前は村に戻れ」


「でも、何か手伝えることがあれば……」


「ない」


 即答。

 しかしその声には昨日ほどの冷たさはなかった。


「お前を危険に巻き込むわけにはいかない。……まだ弱い」


 胸に刺さる言葉だ。

 だが、昨日とは違う。


「……エルナさん」


「何だ」


「俺、強くなりたいです。もっと。昨日のあなたの戦いを見て、そう思いました」


 エルナが少しだけ瞳を大きくした。


「……なぜそこまで?」


「守りたい人がいるから。リリアも、村の人も……」


 そして、言葉が自然と続く。


「エルナさんみたいに戦えるようになりたいんです」


 エルナは驚いたように視線をそらした。


「……お前、簡単にそういうことを言うな」


「え?」


「戦士として尊敬している、とか……そういう言葉は……」


 エルナはわずかに頬を赤くした。


「軽く言われると……困る」


「い、いや、軽くなんて……!」


「……わかっている。ただ……お前は、その……不器用だな」


「そ、そっちに言われたくは……」


「何か言ったか?」


「いえ、何も」


 エルナが鋭く睨むが、その顔はどこか照れている。


(この人……実はツンデレなのか?)


 昨日の印象を大幅に更新する事実だった。



 エルナは跡地を調べ終わると、真剣な顔で言った。


「ハルト。お前の気持ちは理解した。だが、だからこそ、ここから先は危ない」


「でも……」


「強くなりたいなら、手順を踏め。焦りは死に繋がる」


 エルナの声は冷静で、優しさすらあった。


「それに……」


 彼女は少しだけ言いづらそうに続ける。


「お前が死んだら……リリアが悲しむ」


「エルナさんも、悲しみます?」


 一瞬、エルナの肩が震えた。


「な、なぜ私が……」


「昨日助けてくれたし、今日も心配してくれて」


「私はお前が無謀だからそう言っているだけだ!」


「あ、すいません」


「……ふん」


 エルナはそっぽを向くが、耳が赤い。


(やっぱり、ちょっとかわいいな、この人……)



 安全な場所で別れた後、俺は村へ戻った。


 リリアは心配そうに迎えてくれる。


「おかえりなさい……! 本当に無事でよかった」


「ただいま、リリア。今日はちょっと危ない跡地を見つけてさ」


「ハルトさん……気をつけてくださいね。本当に」


「うん。ありがとう」


 リリアは胸に手を当て、大きく息をついた。


「ハルトさんが無事だと……それだけで、安心します」


 その言葉はとても真っ直ぐだった。


【経験値+200】

【レベル7 → 8】


(いつか、この優しい子を守れるだけの力を絶対につける)


 強くそう思った。



 夜。

 寝床で目を閉じながら、今日の出来事を思い返す。


 エルナが見せた素顔。

 魔族の痕跡らしきもの。

 迫る危機の気配。


(このままじゃ終われない。絶対に強くなる)


 心の奥から、ゆっくりと熱が湧いてくる。


 俺は静かに誓った。


(明日からもっと鍛える。魔王軍が来る前に……俺も準備しないと)


 異世界転生したばかりの弱いサラリーマンは、

 ゆっくりではあるが、確実に戦士へと変わり始めていた。

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