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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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4/19

初めての山へ。強敵の影と、ひとりの女戦士

 翌朝、村に柔らかな光が差し込む頃、俺はリリアの家の玄関前に立っていた。

 手には剣と最低限の装備。そして腰には昨日ギルドで受けた依頼書を差している。


 今日の目標は、村の北にある小さな山のふもとまで行き、出没する魔物を数体討伐して戻ること。

 魔王軍の痕跡が噂されている山だが、ギルドいわく「入り口付近は初心者向け」で、俺にもこなせるはずだという。


(……ほんとに大丈夫かな)


 緊張のせいか、胃がきゅっと縮む。


「ハルトさん」


 玄関が開き、リリアがひょこっと顔を出す。


「これ、お弁当。今日も頑張ってください」


「ありがとう。本当に助かるよ」


「無理だけはしないでくださいね」


 リリアは胸の前で手をぎゅっと握っていた。

 その表情を見ていると、不思議と勇気が湧いてくる。


「行ってきます」


「はい。いってらっしゃい」


 リリアの笑顔を背に、俺は北の山道へと歩き出した。



 村から山の入り口まではおよそ二時間。

 のどかで平和な森の中をひとり歩いていると、昨日のギルドでの出来事が頭をよぎる。


(エルナ……)


 蒼刃の名を持つ女戦士。

 圧倒されるほど強く、そして冷たい。


(あの人に完全に見下されたままじゃ終われないよな)


 そう思うと、胸の奥がふつふつと熱くなる。


 やがて山のふもとに着くと、木々の雰囲気が少し変わった。

 空気が冷たく、静寂が濃い。


(魔物がいるって感じだな)


 剣を抜き、慎重に歩きながら草むらを見た。


 ガサッ。


「出た!」


 姿を現したのは灰色のイノシシのような魔物――グレイボア。

 昨日の森狼よりひと回り大きい。


 しかし、俺は落ち着いていた。


(狼よりは遅い。突進さえ避ければ……)


 ボアの突進を横に飛んでかわし、すれ違いざまに剣を振り抜く。


 手応えがあり、ボアは倒れた。


「……やれるもんだな」


【経験値+80】

【レベル6 → 6】


 確実に強くなっている。

 それを実感すると、胸の奥が熱くなる。


 さらに数体倒したところで、突然木々の奥から声が聞こえた。


「隙だらけだ」


「……!」


 その声に体が反応する。

 振り返ると、木陰からひとりの女性が現れた。


「エルナ……?」


 昨日ギルドで言葉を交わした女戦士。

 長い銀髪が朝の光に揺れ、鋭い青い瞳がこちらを射抜く。


「新人にしては、まあまあだ。狼やボア程度なら十分戦える」


「えっ……褒めてます?」


「事実を言っただけだ」


 エルナはそっぽを向く。

 しかし昨日のような刺々しさは少し薄い気がした。


「どうしてここに?」


「私も偵察依頼だ。……あのギルド受付が勝手に依頼を変えたせいで、順序が後になったが」


「ミナさんが?」


「まあ、あいつは昔から勝手に人の仕事を変える。悪い奴ではないが」


 エルナは軽くため息をついた。


「お前はどうしてここに?」


「俺は……もっと強くなりたくて。段階踏んで鍛えろって言われたんです」


「ほう」


 エルナは少しだけ目を細める。


「自分の弱さを理解し、着実に進む者は嫌いではない」


 その言葉は短いが、確かな重みがあった。


「それにしても、お前……」


 エルナはじっと俺を見つめた。


 鋭さの奥に、ほんのかすかな興味と、測るような光がある。


「昨日より動きが良い。何か秘訣でもあるのか?」


「え、いや……まあ……努力と、支えてくれる人がいて」


「ふん。答えになっていないな」


 エルナは肩をすくめたが、その横顔はどこか柔らかい。



 そうして俺たちは少しだけ一緒に山道を歩くことになった。


 俺が落ちていた木の根に足を引っかけそうになると、


「足元を見ろ。油断するな」


と注意しつつ、さりげなく支えてくれたり。


 魔物の声が奥から響くと、


「後ろにいろ。私が行く」


と言って先に前へ出たり。


(なんか……思っていたより怖くないな)


 もちろん口調は厳しい。

 だが、彼女の行動には確かな優しさがある。


「お前」


 ふいに名前を呼ばれ、立ち止まる。


「はい?」


「昨日のリリアという娘。……恋仲なのか?」


「えっ?」


 一瞬、思考が止まった。


「いや……まだ、そういうのじゃ……」


「では、私の見立てでは……あれは好きだな。お前のことを」


「そ、そう見えるんですか?」


「見える」


 エルナは迷いなく言う。


「仲間の目はごまかせない。感情は戦闘よりもはっきりと読み取れる」


「そんな特技まで……」


「女はな、特にわかりやすいものだ」


 エルナは微妙に語尾を濁した。

 まるで──自分がその“わかりやすい女”のひとつであるような顔を。


(あれ、もしかして……?)


 昨日の冷たさに反して、今日は距離が近い。

 少しだけ柔らかい態度。


(ツンツンして見えるけど、本当は……)


 そんな予感が胸をかすめた。



 そんな中、山道の奥から異様な叫び声がした。


「ギシャアアッ!」


 木々を揺らして出現したのは、大型の猿型魔物・レッドエイプ。

 牙が長く、筋肉質で、初心者の俺が相手にできるものではない。


「下がれ!」


 エルナが前に出て剣を構えた。

 その気迫は圧倒的で、魔物が後ずさるほど。


「ハルト。これは私が倒す。お前は無理をするな」


「くっ……でも……!」


 助けたい。

 しかし現実的に言って、俺が割って入れば邪魔になるだけだ。


 エルナが踏み込むと、銀髪が舞った。

 剣が一閃し、レッドエイプが悲鳴を上げる。


 その戦いはほんの数秒で終わった。


「す、すごい……」


 思わず息を呑む。


「これがBランク……」


「慢心するな」


 エルナは短く言った。


 しかしその横顔は、昨日よりずっと俺を認めているように見えた。


「見ていろ、ハルト。いつかはお前も、ここまで辿り着ける」


「……本当に?」


「努力さえすればな」


 エルナはわずかに口元を緩めた。


 その表情は昨日の俺なら想像できなかった姿だった。



 レッドエイプを討伐した後、俺たちは山の入り口方面へ戻った。

 さすがに奥に行くのは危険だ。


「今日はここまでだ。無理のない判断だったな」


「ありがとうございます。エルナさんのおかげです」


「礼は要らない。私も偵察の途中だっただけだ」


 そう言いつつも、エルナはどこか気まずそうに視線を外した。


「……お前の動きは悪くない。昨日より成長している」


「本当に……?」


「嘘は言わない」


 エルナの頬が、ほんのわずかに赤く見えた。

 山の冷たい空気のせいかもしれない。


(この人……実は、ちょっと不器用なのかもしれない)


 そう思うと、少しだけ彼女が近い存在になった気がした。


「また会うかもしれないな、ハルト」


「はい。また」


 エルナは鋭くうなずき、森の奥へ去っていった。



 夕方。

 村に戻り、リリアの家に帰ると、リリアがすぐに駆け寄ってきた。


「おかえりなさい。怪我は……ない?」


「大丈夫だよ。エルナさんとも会った」


「本当に? 怖くなかったですか?」


「いや、思ってたより……優しかったよ」


 リリアは少しだけ複雑そうに眉を寄せた。


「女の人……ですよね?」


「うん。すごく強いけど、不器用な感じで」


「……そうなんですね」


 リリアは胸の前で指をからめながら、ほっとしたような、どこか不安げなような顔をした。


「リリア?」


「い、いえ。ハルトさんが無事で良かったです」


 その表情を見た瞬間、胸が熱くなる。


(守りたいって、こういう気持ちなんだな)


「ありがとう、リリア」


 自然と頭を撫でると、リリアは目を丸くした後、小さく笑った。


【経験値+180】

【レベル6 → 7】


 今日も、成長した。



 夜。

 ベッドに横たわり、天井を見つめる。


(強くなりたい。もっともっと)


 エルナの圧倒的な強さ。

 リリアの優しさ。


 どちらも俺を前に進ませる。


(魔王討伐の旅はまだ始まったばかりだ)


 拳を握りしめ、俺は静かに目を閉じた。

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