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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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3/19

女冒険者との出会いと、初めての壁

 翌朝。

 まだ陽が昇りきらぬ時間帯に、俺は村の外れにある小さな原っぱに立っていた。

 昨夜、リリアの家で夕食をご馳走になった後、彼女から言われたのだ。


「ハルトさん、もっと強くなりたいなら、朝の鍛錬がいいと思います。戦える人は皆やっています」


 その言葉に押されて、俺はそうだな、と強くうなずいていたのだ。


(せっかく転生して力を得たんだ。無駄にするわけにはいかない)


 剣を握り、深呼吸をする。

 握り心地は昨日より明らかにしっくり来ていた。レベルアップのおかげなのだろう。


「よし、やるか」


 素振りを始める。

 サラリーマン時代なら絶対にやらなかった朝活だ。

 それなのに不思議と嫌じゃない。むしろ心地よい。


 しばらくして、後ろから足音が近づいた。


「ハルトさん、今日も早いですね」


 振り返るとリリアがいた。

 彼女は小さな籠を持っていて、軽く息を弾ませながら微笑んでいる。


「朝ごはんを持ってきました。母が、昨日のお礼にって」


「ありがとう」


「いえ、私も嬉しいんです。ハルトさんが頑張ってる姿を見られて」


 その言葉に胸が温かくなる。


【経験値 +100】

【レベル 5 → 5】


(やっぱりリリアの好意はすごくわかりやすいな)


 ありがたいけれど、慣れない。

 しかし、この世界ではこういう積み重ねが力になるのだ。

 俺は素直に受け取ることにした。


「朝食を食べたら、今日も依頼を受けるんですか?」


「ああ、そうしようと思ってる」


「ではギルドまで一緒に行きますね」


「あ、いや、その……今日はリリアは家の手伝いがあるんじゃ?」


「ありますけど……でも……」


 言いかけて、リリアは少しだけ口を閉じた。

 俺は慌てて言葉を続ける。


「無理しなくていいよ。本当に助けたい時だけでいいから」


「……はい。でも、応援してます」


 リリアは恥ずかしそうに顔を赤らめた。



 ギルドに着くと、扉を開けた瞬間、いつもよりざわついていた。

 冒険者たちが集まって何か話している。


「おいおい、あれ本物のBランクじゃねえか?」


「うわ、あんな美人の冒険者、この村に来るなんて……」


「やべえ、目が合ったら死にそう」


 何事かと思って視線を向けると、

 カウンター前に立っている女性がいた。


 腰まで届く銀色の髪。

 鍛えられた足と腕を見せる軽装鎧。

 その姿だけで周囲の空気が変わるほどの存在感。


 冒険者の間で有名らしい女戦士――。


「すごい……あの人、もしかして有名な……」


 リリアが思わずつぶやく。


「誰だ?」


「たしか『蒼刃そうじんのエルナ』さんです。Bランク冒険者で、魔物討伐のエキスパートだって聞いたことがあります」


「Bランク……」


 コツコツ素材集めをしている俺とは大違いだ。


 ミナがカウンターから身を乗り出し、エルナに話しかける。


「それで? 今日はどうしてこの村に?」


「魔王軍が近くの山に拠点を作っているという噂を聞いた。ひとまず様子を探りたい」


 声は低く、落ち着いていて強い。

 この人、本当に一流なんだろう。


「なら、少しでも腕の立つ冒険者をつけた方がいいと思うんだけど……この村にそんな人、いたかしらね」


 ミナがわざとらしく俺の方を見る。


「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」


「え? この初心者が?」


 エルナの鋭い青い瞳が、まっすぐ俺を貫く。


「お前、強いのか?」


「え、いや、その……まだ始めたばかりで」


「なら邪魔だ。足手まといはいらない」


 突き放すような声音。

 正論だけど、胸にぐさっと刺さる。


「で、でも、ハルトさんは強いですよ!」


 リリアが俺の前に出た。


「昨日、私を助けてくれて……村の狼だって追い払ったんです」


「村の狼?」


 エルナはため息をついた。


「そんな小物相手に武勇伝のつもりか?」


「いえ、そんなんじゃ……」


 俺は歯切れの悪い返事しかできなかった。


 エルナの視線は冷たい。

 まるで俺の価値を最初から否定するようだった。


(確かに俺は弱いし、この人からすれば足手まといだ)


 反論できない自分が情けない。


「ま、まあまあ、エルナさん。新人をあんまりいじめないの」


 ミナが苦笑しながら割って入る。


「ふん。私は単に事実を言っているだけだ」


 エルナはカウンターに依頼書を置き、そのまま踵を返した。


「私は一人で行く」


 そのままギルドを出て行ってしまう。


「くっ……」


 悔しい。

 何も言い返せなかった自分が悔しい。


「ハルトさん……気にしないでください」


「いや……気にするよ。ああやって見下されるのは、やっぱりつらいな」


 リリアが心配そうに見上げる。


「でも、ハルトさんは頑張っています。私、知っています」


「ありがとう」


【経験値 +150】

【レベル 5 → 6】


 リリアの優しさが胸に染みた。


 しかし同時に、強い思いが湧いてくる。


(もっと強くなりたい。あのエルナに、足手まといじゃないって言わせたい)


 そんな思いが、心の奥で燃え始めていた。



 その後、俺はリリアと簡単な依頼をいくつかこなした。

 森の奥では少し強い魔物も出たが、レベルも上がり、以前より落ち着いて対処できるようになった。


 森から戻る途中、リリアがぽつりと言った。


「エルナさん……怖いですね。でも、強い人なんですね」


「ああ、そうだな。ああいう人が一流なんだろう」


「でも、ハルトさんだって……」


 リリアは少しだけ躊躇してから続けた。


「私にとっては、一番強い人です」


 軽く目を丸くしてしまった。

 素直な言葉ほど、胸に響く。


「そんなこと……ありがとう」


 自然と笑みがこぼれる。


【経験値 +100】

【レベル 6 → 6】


 リリアの好意は相変わらず真っ直ぐだ。

 俺はこの気持ちに応えられるような人間になりたいと思った。



 村に戻る頃には夕方になっていた。

 ギルドの前を通ると、ミナが手招きしてくる。


「ハルト、新しい依頼が来てるわよ」


「新しい依頼?」


「エルナがさっき取りに来るはずだったやつ。山の拠点の偵察依頼。途中で別の依頼に変えちゃったみたいで、これだけ残ってるの」


「偵察……」


 魔王軍が出るかもしれない危険な依頼だ。

 俺はまだそのレベルに達していない。


「興味ありそうな顔ね。でも無理するんじゃないわよ」


 ミナはじっと俺の目を見る。


「でも、やる気はあるんでしょ?」


「……強くなりたいです。もっと」


 ミナの表情が少し和らぐ。


「だったら、まず自分の力を知りなさい。偵察は無理でも、山の手前の魔物退治ならできるはずよ。段階を踏みなさい」


「はい」


「それと……」


 ミナはやや声を低くする。


「エルナは確かにきついけど、悪い人じゃないのよ。ただ、ああいう風に仲間を失ってきた人は、誰かに期待するのが怖いの」


「……そうなんですか」


「だからあの人に認められたら、本物の戦士ってことよ」


 その言葉は俺の胸に深く刺さった。


(いつか……認めさせたい)


 そう強く思った。



 夜。

 リリアの家の客間でひとり横になりながら、俺は天井を見つめた。


 今日のエルナとの出会いは、衝撃だった。

 強い人間の現実を突き付けられた。


(俺はまだまだ弱い。でも……)


 拳を握る。


(もっと強くなる。リリアのためにも、この村のためにも、そして――)


 あの女冒険者に笑われないためにも。


 眠りに落ちる寸前、俺は強く誓った。


(魔王討伐の旅は、ここから始まるんだ)

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