女冒険者との出会いと、初めての壁
翌朝。
まだ陽が昇りきらぬ時間帯に、俺は村の外れにある小さな原っぱに立っていた。
昨夜、リリアの家で夕食をご馳走になった後、彼女から言われたのだ。
「ハルトさん、もっと強くなりたいなら、朝の鍛錬がいいと思います。戦える人は皆やっています」
その言葉に押されて、俺はそうだな、と強くうなずいていたのだ。
(せっかく転生して力を得たんだ。無駄にするわけにはいかない)
剣を握り、深呼吸をする。
握り心地は昨日より明らかにしっくり来ていた。レベルアップのおかげなのだろう。
「よし、やるか」
素振りを始める。
サラリーマン時代なら絶対にやらなかった朝活だ。
それなのに不思議と嫌じゃない。むしろ心地よい。
しばらくして、後ろから足音が近づいた。
「ハルトさん、今日も早いですね」
振り返るとリリアがいた。
彼女は小さな籠を持っていて、軽く息を弾ませながら微笑んでいる。
「朝ごはんを持ってきました。母が、昨日のお礼にって」
「ありがとう」
「いえ、私も嬉しいんです。ハルトさんが頑張ってる姿を見られて」
その言葉に胸が温かくなる。
【経験値 +100】
【レベル 5 → 5】
(やっぱりリリアの好意はすごくわかりやすいな)
ありがたいけれど、慣れない。
しかし、この世界ではこういう積み重ねが力になるのだ。
俺は素直に受け取ることにした。
「朝食を食べたら、今日も依頼を受けるんですか?」
「ああ、そうしようと思ってる」
「ではギルドまで一緒に行きますね」
「あ、いや、その……今日はリリアは家の手伝いがあるんじゃ?」
「ありますけど……でも……」
言いかけて、リリアは少しだけ口を閉じた。
俺は慌てて言葉を続ける。
「無理しなくていいよ。本当に助けたい時だけでいいから」
「……はい。でも、応援してます」
リリアは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
◆
ギルドに着くと、扉を開けた瞬間、いつもよりざわついていた。
冒険者たちが集まって何か話している。
「おいおい、あれ本物のBランクじゃねえか?」
「うわ、あんな美人の冒険者、この村に来るなんて……」
「やべえ、目が合ったら死にそう」
何事かと思って視線を向けると、
カウンター前に立っている女性がいた。
腰まで届く銀色の髪。
鍛えられた足と腕を見せる軽装鎧。
その姿だけで周囲の空気が変わるほどの存在感。
冒険者の間で有名らしい女戦士――。
「すごい……あの人、もしかして有名な……」
リリアが思わずつぶやく。
「誰だ?」
「たしか『蒼刃のエルナ』さんです。Bランク冒険者で、魔物討伐のエキスパートだって聞いたことがあります」
「Bランク……」
コツコツ素材集めをしている俺とは大違いだ。
ミナがカウンターから身を乗り出し、エルナに話しかける。
「それで? 今日はどうしてこの村に?」
「魔王軍が近くの山に拠点を作っているという噂を聞いた。ひとまず様子を探りたい」
声は低く、落ち着いていて強い。
この人、本当に一流なんだろう。
「なら、少しでも腕の立つ冒険者をつけた方がいいと思うんだけど……この村にそんな人、いたかしらね」
ミナがわざとらしく俺の方を見る。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」
「え? この初心者が?」
エルナの鋭い青い瞳が、まっすぐ俺を貫く。
「お前、強いのか?」
「え、いや、その……まだ始めたばかりで」
「なら邪魔だ。足手まといはいらない」
突き放すような声音。
正論だけど、胸にぐさっと刺さる。
「で、でも、ハルトさんは強いですよ!」
リリアが俺の前に出た。
「昨日、私を助けてくれて……村の狼だって追い払ったんです」
「村の狼?」
エルナはため息をついた。
「そんな小物相手に武勇伝のつもりか?」
「いえ、そんなんじゃ……」
俺は歯切れの悪い返事しかできなかった。
エルナの視線は冷たい。
まるで俺の価値を最初から否定するようだった。
(確かに俺は弱いし、この人からすれば足手まといだ)
反論できない自分が情けない。
「ま、まあまあ、エルナさん。新人をあんまりいじめないの」
ミナが苦笑しながら割って入る。
「ふん。私は単に事実を言っているだけだ」
エルナはカウンターに依頼書を置き、そのまま踵を返した。
「私は一人で行く」
そのままギルドを出て行ってしまう。
「くっ……」
悔しい。
何も言い返せなかった自分が悔しい。
「ハルトさん……気にしないでください」
「いや……気にするよ。ああやって見下されるのは、やっぱりつらいな」
リリアが心配そうに見上げる。
「でも、ハルトさんは頑張っています。私、知っています」
「ありがとう」
【経験値 +150】
【レベル 5 → 6】
リリアの優しさが胸に染みた。
しかし同時に、強い思いが湧いてくる。
(もっと強くなりたい。あのエルナに、足手まといじゃないって言わせたい)
そんな思いが、心の奥で燃え始めていた。
◆
その後、俺はリリアと簡単な依頼をいくつかこなした。
森の奥では少し強い魔物も出たが、レベルも上がり、以前より落ち着いて対処できるようになった。
森から戻る途中、リリアがぽつりと言った。
「エルナさん……怖いですね。でも、強い人なんですね」
「ああ、そうだな。ああいう人が一流なんだろう」
「でも、ハルトさんだって……」
リリアは少しだけ躊躇してから続けた。
「私にとっては、一番強い人です」
軽く目を丸くしてしまった。
素直な言葉ほど、胸に響く。
「そんなこと……ありがとう」
自然と笑みがこぼれる。
【経験値 +100】
【レベル 6 → 6】
リリアの好意は相変わらず真っ直ぐだ。
俺はこの気持ちに応えられるような人間になりたいと思った。
◆
村に戻る頃には夕方になっていた。
ギルドの前を通ると、ミナが手招きしてくる。
「ハルト、新しい依頼が来てるわよ」
「新しい依頼?」
「エルナがさっき取りに来るはずだったやつ。山の拠点の偵察依頼。途中で別の依頼に変えちゃったみたいで、これだけ残ってるの」
「偵察……」
魔王軍が出るかもしれない危険な依頼だ。
俺はまだそのレベルに達していない。
「興味ありそうな顔ね。でも無理するんじゃないわよ」
ミナはじっと俺の目を見る。
「でも、やる気はあるんでしょ?」
「……強くなりたいです。もっと」
ミナの表情が少し和らぐ。
「だったら、まず自分の力を知りなさい。偵察は無理でも、山の手前の魔物退治ならできるはずよ。段階を踏みなさい」
「はい」
「それと……」
ミナはやや声を低くする。
「エルナは確かにきついけど、悪い人じゃないのよ。ただ、ああいう風に仲間を失ってきた人は、誰かに期待するのが怖いの」
「……そうなんですか」
「だからあの人に認められたら、本物の戦士ってことよ」
その言葉は俺の胸に深く刺さった。
(いつか……認めさせたい)
そう強く思った。
◆
夜。
リリアの家の客間でひとり横になりながら、俺は天井を見つめた。
今日のエルナとの出会いは、衝撃だった。
強い人間の現実を突き付けられた。
(俺はまだまだ弱い。でも……)
拳を握る。
(もっと強くなる。リリアのためにも、この村のためにも、そして――)
あの女冒険者に笑われないためにも。
眠りに落ちる寸前、俺は強く誓った。
(魔王討伐の旅は、ここから始まるんだ)




