村娘と冒険者ギルドと、初めての自信
翌朝。布団の柔らかさと日差しの暖かさで目が覚めた。
普段ならアラームの爆音に怯えながら起きていたのに、こんな爽やかな目覚めは何年ぶりだろう。
リリアの家に泊めてもらったおかげだ。
彼女の母親が用意してくれた朝食は、焼きたてのパンに濃厚なミルクスープ、採れたて野菜のサラダ。どれも素朴だが心がこもっていて、胸にしみた。
「ハルトさん、今日のご予定は?」
「ああ、村のギルドで冒険者登録でもしておこうかなと思って」
「でしたら私が案内します。村の中心にありますから」
リリアは笑顔で言い、食器を片付けると外へ出る準備をし始めた。
昨日、命を救ったとはいえ、ここまで親切にされると申し訳ない気持ちになるが……その一方で、自分が誰かに必要とされていると感じられることが、こんなにも嬉しいなんて。
そんな自分に少し驚いていると、リリアが家の前で待っていた。
「行きましょう、ハルトさん」
「ああ、ありがとう」
二人で村を歩く。
道すがら、村人たちが声をかけてくれる。
「お前がリリアを助けた冒険者か。礼を言うよ」
「本当にありがとう。うちの娘もあの日に同じ森にいたらと思うと……」
「あ、ああ。そんな、大したことは……」
照れてしまう。
照れながらも、胸の奥でじんわりと熱いものが広がる。
(俺……役に立ててるんだ)
その感覚が、心地よかった。
◆
村の中心地にあった建物に着く。
冒険者ギルドと聞いてイメージしていたより、ずっと小さい。
酒場と併設されているようで、朝から酔っ払いが一人出てきてふらふら歩いていった。
「ここが冒険者ギルドです」
「思ったより……庶民的というか」
「この村は小さいですから。でも、ちゃんと登録できますよ」
リリアに背中を押され、俺は扉を開けた。
中はカウンターがあり、奥では粗野な雰囲気の男たちが談笑している。
「いらっしゃい、新人さんかい?」
カウンターにいたのは、三十手前くらいの女性。
黒髪を後ろでまとめ、胸元まで広がる赤いベストから健康的な雰囲気が漂っている。
少し強気そうな笑みが印象的だ。
「冒険者登録をお願いします」
「はいはい。では名前と年齢と、得意なことを」
「相崎ハルト。二十五歳。得意なことは……営業トーク?」
「えっと、それは戦闘にはどう関係するんだ?」
女性は困ったように笑った。
俺も苦笑いするしかない。
「ま、とにかく登録すれば依頼を受けられるわ。私はミナ。ここの受付嬢よ」
ミナと名乗った女性が書類を取り出し、俺は必要事項を記入していく。
書き終えるとギルドカードが手渡された。
「これで晴れて冒険者ね。頑張りなさいよ」
「ありがとうございます」
なぜかミナは俺の手をしっかり握ってきた。
その感触は力強く、けれど温かい。
その瞬間――
【経験値 +20】
【レベル 3 → 3】
微増だが、確かに経験値は入った。
スキルは女性からの好意だけでなく、信頼や感謝も拾うらしい。
「あれ、顔が赤いわよ。緊張した?」
「いや、ちょっとびっくりしただけです」
「ふふっ。新人にはよくあることよ」
ミナはウインクをして笑った。
この人、距離感が近い。
「ハルトさん、次は依頼ですね!」
「ああ、そうだな」
リリアが覗き込むようにして依頼掲示板を見た。
そこには村の雑務がずらりと並んでいる。
狼退治や荷物運び、井戸掃除まで。
「まずは簡単なのがいいだろうな……」
俺がつぶやくと、ミナが助言してくれた。
「初めは素材集めが無難ね。森で採れる薬草を持ってきてくれればいいわ」
「じゃあ、それを受けます」
「気を付けてね」
ミナの声に見送られながら、俺とリリアはギルドを後にした。
◆
森に入ると、昨日の記憶がよみがえる。
ここでリリアを助けたんだ。
「昨日は本当に怖かったんです。でも、ハルトさんが来てくれて……」
「いや、俺はただの勢いだから。助けられて良かったよ」
薬草を探しながら歩く。
リリアは植物に詳しいようで、
「この葉が二股に分かれているものが薬草ですよ」
と教えてくれる。
「へえ、詳しいんだな」
「村では誰でも知っていますよ」
「俺、こういうの全然知らなくてさ」
「大丈夫です。私が教えますから」
リリアは微笑む。
その笑顔は一切の曇りがなく、まっすぐ俺を信じてくれている。
(信じられている……?)
そんな感覚は久しぶりすぎて、むずがゆい。
「ハルトさん」
「なんだ?」
「私、ハルトさんのこと……もっと知りたいです」
「えっ」
思わず声が裏返った。
リリアは少しだけ頬を染める。
「昨日、助けてくれた時、すごく優しくて、頼りになって……その……嬉しかったから」
視線が合い、心臓が跳ねる。
その瞬間。
【経験値 +200】
【レベル 3 → 4】
「うおっ」
「ど、どうしたんですか?」
「い、いや! なんでもない!」
危ない。スキルの発動に毎回驚いてしまう。
(こんなに簡単に、経験値をもらっていいのか……?)
しかし、その疑問はすぐにかき消えた。
リリアを助けたいという気持ちは本物だ。
だからこの力を使うことに、迷いはない。
◆
無事に薬草を集め終え、村へ戻る途中。
ギルドの入り口でミナが手を振って迎えてくれた。
「おかえり。どう? 初依頼は」
「まあ、なんとか」
「ふふ、なかなかやるじゃない」
ミナは俺に近づき、軽く肩を叩いた。
その距離の近さに、また心臓が騒がしくなる。
「新人の中では期待の星かもね。これからに期待してるわ」
「そ、そうですか」
【経験値 +50】
【レベル 4 → 4】
また上がった。
信頼や期待も経験値として換算されているらしい。
ミナはまっすぐ俺を見ていた。
「危なっかしいところもあるけどね。ちゃんと守ってあげなさいよ。その子のこと」
視線の先には、リリアがいた。
ミナは少し大人の余裕を見せる目で、微笑んだ。
「わかってるわね。行っていいわよ。今日はもう休みなさい」
「あ、ありがとうございます」
リリアの家へ戻る道すがら、リリアがそっと近づいてきた。
「ミナさん、優しい人ですね」
「そうだな。なんだかんだ面倒見がいい」
「ハルトさんのこと、気に入っているのかもしれません」
「えっ、あ、いやいやいや、そんなわけ……」
急に言われて動揺する。
しかしリリアは少しだけ寂しそうな顔をした。
「でも、あの人はきっと素敵な冒険者さんと一緒になるんだと思います。私なんかより……」
「そんなことない。リリアは優しいし、すごく魅力的だよ」
「え……」
口に出した瞬間、リリアの顔が真っ赤になった。
それにつられて、俺の顔も熱くなる。
「ご、ごめん。なんか偉そうに……」
「いえ……嬉しいです。すごく」
立ち止まり、リリアはぎこちなく笑った。
「ハルトさんが来てくれて、本当に良かった」
胸が熱くなる。
【経験値 +300】
【レベル 4 → 5】
またレベルが上がった。
身体が軽くなり、力が湧いてくる。
(俺はこの世界で……ちゃんと強くなれる)
初めて、自分に価値があると実感できた気がした。
夜。
ベッドの中で天井を見上げながら、俺は決意を新たにする。
(もっと強くなって、魔王を倒す。リリアや、この村を守れる人になる)
愛されることは、恥ずかしくて、怖い。
でも、それ以上に嬉しい。
眠りに落ちる直前、俺は微笑んでいた。
(明日から、また頑張ろう)




