街歩きと、選ばれない距離
翌朝、アルメスの街は珍しく穏やかだった。
討伐依頼も入っておらず、ハルトは久しぶりに「何もない一日」を迎えていた。
「今日は休養日ね」
ギルド前で腕を組み、セシルが言う。
「休み?」
「強制。怪我人がうろつくの、見てられないし」
ハルトの腕をちらりと見る。
「……そんなに重くないです」
「はいはい」
軽く流される。
◆
「で」
セシルが、にやりと笑った。
「街、付き合いなさい」
「え?」
「デートってほど重くないやつ」
あっさり言われ、反応に困る。
「セシルさんと?」
「他に誰がいるのよ」
背中を押され、半ば強引に歩き出す。
◆
市場通りは活気に満ちていた。
果物屋、露店、武具屋。
「こういうとこ、嫌いじゃないでしょ?」
「……前の世界でも、散歩は好きでした」
「前の世界」
セシルは、その言葉を噛みしめるように繰り返す。
「……たまに、思い出す?」
「はい」
「戻りたい?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……今は」
答えを探す。
「考えてないです」
セシルは、ふっと目を細めた。
「そ」
それ以上、踏み込まなかった。
◆
露店で串焼きを買い、並んで食べる。
「ほら」
セシルが、自分の串を差し出した。
「一口」
「いいんですか?」
「感想聞きたいだけ」
一口かじる。
香辛料が効いている。
「美味しいです」
「でしょ」
満足げに頷く。
距離は近いが、触れない。
その曖昧さが、妙に落ち着かなかった。
《愛情反応:微増。経験値+8》
◆
武具屋の前で、セシルが立ち止まる。
「……あんた」
「はい」
「女の子たちのこと」
声が少し低くなる。
「どう思ってる?」
直球だった。
「……大切な仲間です」
「逃げた」
「正直です」
セシルは、少しだけ笑った。
「まぁ、いいや」
視線を逸らす。
「急に答え出されても、困るし」
◆
昼過ぎ。
二人でベンチに腰掛ける。
風が心地いい。
「ねえ、ハルト」
「はい」
「誰かを選ぶ日、来ると思う?」
胸が、少しだけ痛む。
「……まだ、考えられません」
「だよね」
即答だった。
「でも」
セシルは、横目でこちらを見る。
「誰にも選ばれないのは、嫌でしょ?」
言葉が、静かに刺さる。
「……はい」
「なら」
立ち上がる。
「今は、それでいい」
手を差し出す。
「帰るよ」
その手を取ると、指先が一瞬絡んだ。
すぐ離れる。
《愛情反応:増。経験値+22》
◆
ギルドに戻ると、ミーナが待っていた。
「お帰りなさい」
「ただいまです」
視線が、セシルとハルトを行き来する。
「……街、楽しかったですか?」
「ええ」
セシルが先に答える。
「まあまあ」
含みのある言い方。
ミーナは、曖昧に微笑んだ。
「……そうですか」
◆
夜。
ハルトは一人、宿の部屋で天井を見つめる。
誰かと歩き、笑い、近づく。
だが、誰も選ばない。
(……それで、いいのか?)
《現在レベル:上昇中
愛情経験値:安定増加》
力は、確実に増している。
だが、心の整理は――まだ先だった。




