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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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18/19

手当てと、視線が重なる距離

 アルメスの街に戻った頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


「……お帰りなさい!」


 ギルドに入った瞬間、ミーナの声が響く。


 そして、すぐに気づいた。


「ハルトさん、その腕……!」


「少し擦っただけです」


 そう言いながらも、袖の裂け目から覗く包帯は隠しきれない。


 ミーナの表情が、明らかに強張った。


「すぐ、手当てします」


「もう巻いてありますけど……」


「上から確認します」


 有無を言わせぬ口調だった。



 ギルド奥の簡易医務室。


 椅子に座らされ、ハルトは上着を脱ぐ。


 包帯を外すと、赤く残る傷が露わになった。


「……痛かったでしょう」


 ミーナの声は、いつもより低く、近い。


「大丈夫です」


「大丈夫じゃありません」


 きっぱり言われ、言葉に詰まる。


 ミーナは薬を含ませた布で、そっと傷を拭いた。


 ひんやりとした感触と、指先の温もり。


 距離が近い。


 顔を上げれば、吐息が触れそうだった。


《愛情反応:増。経験値+18》


(……近い)


 無意識に体が強張る。


「……動かないでください」


「す、すみません」


 ミーナは一瞬、ハルトの反応に気づいたようだった。


 だが、何も言わず、包帯を巻き直す。


 その指先が、必要以上に丁寧で、ゆっくりだった。



 その様子を、少し離れた位置から見ている影がある。


「……ふーん」


 セシルだった。


「思ったより、大怪我じゃないじゃん」


「セシルさん……」


「でもさ」


 ハルトの腕を覗き込みながら、意味ありげに笑う。


「庇ったんでしょ?」


「……はい」


「やるね」


 ぽん、と肩を叩かれる。


「ポイント高いよ、それ」


《愛情反応:微増。経験値+7》


 ミーナの手が、一瞬だけ止まった。


「……無茶は、よくありません」


 少しだけ、声が硬い。


「でも」


 包帯を結びながら、続ける。


「守るためだったなら……否定しません」


 視線が、そっと上がる。


 ハルトと、目が合った。


 すぐに逸らされるが、頬がわずかに赤い。


《愛情反応:増。経験値+20》



 そこへ、遅れてレイナが現れた。


「……終わった?」


「今、ちょうど」


 ミーナが答える。


 レイナはハルトの腕を見る。


「……ちゃんと巻いてある」


「はい」


「……よかった」


 それだけ言うと、レイナは椅子の背に手を置いた。


 距離が近い。


 ミーナと、レイナ。


 二人の視線が、ハルトに集まる。


(……空気、重い)



 医務室を出た後、廊下でセシルが囁いた。


「……あんた、罪作りだね」


「え?」


「自覚ないのが、一番タチ悪い」


 肩をすくめて去っていく。



 夜。


 宿の部屋で、ハルトはベッドに腰掛けていた。


 傷はほとんど痛まない。


 だが、昼間の光景が、何度も頭に浮かぶ。


 ミーナの近さ。

 レイナの安堵した表情。

 セシルの意味深な視線。


(……少しずつ、重なってきてる)


 愛されて強くなる。


 だが、同時に――責任も増えていく。


 ノックの音。


「……ハルト」


 扉の向こうから、レイナの声。


 扉を開けると、彼女は縫い針と布を持って立っていた。


「……袖、縫う」


「今から?」


「今」


 有無を言わせぬ調子。


 部屋に入り、ベッドに腰掛ける。


 ハルトの腕を取ると、顔を近づけ、黙々と針を進める。


 距離は、昼間以上に近い。


 視線を逸らすが、レイナの指が時折、腕に触れる。


「……動くな」


「はい」


 静寂。


「……今日のこと」


 レイナがぽつりと呟く。


「助けられたの、嫌じゃなかった」


「……よかったです」


「……調子に乗らないで」


 だが、言葉とは裏腹に、距離は離れない。


《愛情反応:増。経験値+26》


 縫い終えると、レイナは糸を切った。


「……はい」


「ありがとうございます」


「……次は」


 一瞬、言葉を探す。


「……ちゃんと、自分も守れ」


 それは、願いだった。


 レイナはそれだけ言って、部屋を出ていった。



 扉が閉まる。


 ハルトは深く息を吐いた。


(……確実に、段階が変わってきてる)


 触れそうで、触れない。

 踏み込めそうで、踏み込まない。


 その境界線が、甘く、張り詰めていた。


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