手当てと、視線が重なる距離
アルメスの街に戻った頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
「……お帰りなさい!」
ギルドに入った瞬間、ミーナの声が響く。
そして、すぐに気づいた。
「ハルトさん、その腕……!」
「少し擦っただけです」
そう言いながらも、袖の裂け目から覗く包帯は隠しきれない。
ミーナの表情が、明らかに強張った。
「すぐ、手当てします」
「もう巻いてありますけど……」
「上から確認します」
有無を言わせぬ口調だった。
◆
ギルド奥の簡易医務室。
椅子に座らされ、ハルトは上着を脱ぐ。
包帯を外すと、赤く残る傷が露わになった。
「……痛かったでしょう」
ミーナの声は、いつもより低く、近い。
「大丈夫です」
「大丈夫じゃありません」
きっぱり言われ、言葉に詰まる。
ミーナは薬を含ませた布で、そっと傷を拭いた。
ひんやりとした感触と、指先の温もり。
距離が近い。
顔を上げれば、吐息が触れそうだった。
《愛情反応:増。経験値+18》
(……近い)
無意識に体が強張る。
「……動かないでください」
「す、すみません」
ミーナは一瞬、ハルトの反応に気づいたようだった。
だが、何も言わず、包帯を巻き直す。
その指先が、必要以上に丁寧で、ゆっくりだった。
◆
その様子を、少し離れた位置から見ている影がある。
「……ふーん」
セシルだった。
「思ったより、大怪我じゃないじゃん」
「セシルさん……」
「でもさ」
ハルトの腕を覗き込みながら、意味ありげに笑う。
「庇ったんでしょ?」
「……はい」
「やるね」
ぽん、と肩を叩かれる。
「ポイント高いよ、それ」
《愛情反応:微増。経験値+7》
ミーナの手が、一瞬だけ止まった。
「……無茶は、よくありません」
少しだけ、声が硬い。
「でも」
包帯を結びながら、続ける。
「守るためだったなら……否定しません」
視線が、そっと上がる。
ハルトと、目が合った。
すぐに逸らされるが、頬がわずかに赤い。
《愛情反応:増。経験値+20》
◆
そこへ、遅れてレイナが現れた。
「……終わった?」
「今、ちょうど」
ミーナが答える。
レイナはハルトの腕を見る。
「……ちゃんと巻いてある」
「はい」
「……よかった」
それだけ言うと、レイナは椅子の背に手を置いた。
距離が近い。
ミーナと、レイナ。
二人の視線が、ハルトに集まる。
(……空気、重い)
◆
医務室を出た後、廊下でセシルが囁いた。
「……あんた、罪作りだね」
「え?」
「自覚ないのが、一番タチ悪い」
肩をすくめて去っていく。
◆
夜。
宿の部屋で、ハルトはベッドに腰掛けていた。
傷はほとんど痛まない。
だが、昼間の光景が、何度も頭に浮かぶ。
ミーナの近さ。
レイナの安堵した表情。
セシルの意味深な視線。
(……少しずつ、重なってきてる)
愛されて強くなる。
だが、同時に――責任も増えていく。
ノックの音。
「……ハルト」
扉の向こうから、レイナの声。
扉を開けると、彼女は縫い針と布を持って立っていた。
「……袖、縫う」
「今から?」
「今」
有無を言わせぬ調子。
部屋に入り、ベッドに腰掛ける。
ハルトの腕を取ると、顔を近づけ、黙々と針を進める。
距離は、昼間以上に近い。
視線を逸らすが、レイナの指が時折、腕に触れる。
「……動くな」
「はい」
静寂。
「……今日のこと」
レイナがぽつりと呟く。
「助けられたの、嫌じゃなかった」
「……よかったです」
「……調子に乗らないで」
だが、言葉とは裏腹に、距離は離れない。
《愛情反応:増。経験値+26》
縫い終えると、レイナは糸を切った。
「……はい」
「ありがとうございます」
「……次は」
一瞬、言葉を探す。
「……ちゃんと、自分も守れ」
それは、願いだった。
レイナはそれだけ言って、部屋を出ていった。
◆
扉が閉まる。
ハルトは深く息を吐いた。
(……確実に、段階が変わってきてる)
触れそうで、触れない。
踏み込めそうで、踏み込まない。
その境界線が、甘く、張り詰めていた。




