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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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17/19

気配と、守られる側

 森の空気が、わずかに変わった。


 朝露が残る草を踏みしめながら、ハルトは足を止める。


「……来ます」


 低く告げると、レイナが即座に頷いた。


「気配、三。魔族斥候」


 昨日の夜とは打って変わって、声に迷いはない。


 だが――


 ハルトは、レイナの手が一瞬だけ震えたのを見逃さなかった。


(……無理してる?)



 魔族の斥候は、小柄な影だった。

 人型だが、動きは獣に近い。


「接近されたら厄介」


「誘導します」


 ハルトは前に出る。


「……無茶はしないで」


「昨日、約束しましたから」


 短く笑って返す。


 レイナは一瞬、目を細めた。


「……信じる」


 その一言で、体の力が抜けた。


《愛情反応:微増。経験値+9》



 斥候の一体が、低く唸りながら跳ねる。


「来た!」


 ハルトは正面で動きを受け止め、距離を詰めさせない。


 もう一体が横から回り込もうとした瞬間。


「……っ!」


 レイナが詠唱を始めたが――


「魔力、乱されてる!」


 斥候の妨害で、魔法が不安定になる。


(まずい)


 ハルトは判断を即座に変えた。


「レイナ、下がって!」


「……!」


 叫ぶと同時に、体が動いていた。


 斥候の爪が、レイナの肩をかすめる。


 次の瞬間、ハルトが間に割り込んだ。


 衝撃。

 鈍い痛みが腕に走る。


「ハルト!」


「大丈夫……まだ、動けます」


 歯を食いしばり、剣を振る。


 その隙を、レイナは見逃さなかった。


「……ごめん」


 短い詠唱。


 精密で、迷いのない魔法が放たれる。


 斥候は一瞬で沈黙した。



 静けさが戻る。


「……怪我」


 レイナが駆け寄る。


「軽いです」


 そう言ったが、袖が裂け、血が滲んでいた。


「……なんで」


 声が低くなる。


「庇う必要、なかった」


「ありました」


 即答すると、レイナは言葉を失った。


「あなたが倒れたら、依頼失敗です」


「……それだけ?」


「それだけ、じゃないです」


 視線が合う。


 一瞬、言葉が詰まる。


「……昨日、近くにいた人を、守るって決めました」


 レイナは、しばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりとハルトの腕に触れる。


 包帯を取り出し、無言で巻き始めた。


 距離が、近い。


 息がかかるほど。


「……」


 手つきは丁寧だが、少し強張っている。


「……怖かった?」


 思わず、そう聞いた。


 レイナは一瞬だけ動きを止めた。


「……少し」


 小さな声。


「でも」


 包帯を結び、顔を上げる。


「守られたのは……悪くなかった」


 視線が逸れる。


《愛情反応:増。経験値+24》



 調査を終え、街へ戻る途中。


 二人の歩く距離は、自然と近くなっていた。


「……さっきの」


 レイナがぽつりと口を開く。


「無茶、しないって言ったのに」


「無茶じゃないです。判断です」


「……言い方がずるい」


「すみません」


「謝らなくていい」


 少し間を置いて、続ける。


「……次も、組む」


「はい」


「条件付き」


「なんでしょう」


 レイナは一度、立ち止まり、こちらを見る。


「勝手に死なない」


 真剣な目。


「約束します」


 そう答えると、レイナは小さく息を吐いた。


「……なら、いい」



 街が見え始めた頃。


 レイナが不意に、腕を引いた。


「……これ」


 ハルトの袖を指差す。


「破れてる」


「本当ですね」


「……後で、縫う」


「え?」


「目立つ」


 それだけ言って、また前を向く。


 だが、耳が少し赤い。


《愛情反応:微増。経験値+12》


(……難しいけど)


 確実に、距離は縮まっている。


 簡単には触れない。

 だが、守り、守られ、信頼が積み重なる。


 それは、甘くて、少し危うい感覚だった。

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