気配と、守られる側
森の空気が、わずかに変わった。
朝露が残る草を踏みしめながら、ハルトは足を止める。
「……来ます」
低く告げると、レイナが即座に頷いた。
「気配、三。魔族斥候」
昨日の夜とは打って変わって、声に迷いはない。
だが――
ハルトは、レイナの手が一瞬だけ震えたのを見逃さなかった。
(……無理してる?)
◆
魔族の斥候は、小柄な影だった。
人型だが、動きは獣に近い。
「接近されたら厄介」
「誘導します」
ハルトは前に出る。
「……無茶はしないで」
「昨日、約束しましたから」
短く笑って返す。
レイナは一瞬、目を細めた。
「……信じる」
その一言で、体の力が抜けた。
《愛情反応:微増。経験値+9》
◆
斥候の一体が、低く唸りながら跳ねる。
「来た!」
ハルトは正面で動きを受け止め、距離を詰めさせない。
もう一体が横から回り込もうとした瞬間。
「……っ!」
レイナが詠唱を始めたが――
「魔力、乱されてる!」
斥候の妨害で、魔法が不安定になる。
(まずい)
ハルトは判断を即座に変えた。
「レイナ、下がって!」
「……!」
叫ぶと同時に、体が動いていた。
斥候の爪が、レイナの肩をかすめる。
次の瞬間、ハルトが間に割り込んだ。
衝撃。
鈍い痛みが腕に走る。
「ハルト!」
「大丈夫……まだ、動けます」
歯を食いしばり、剣を振る。
その隙を、レイナは見逃さなかった。
「……ごめん」
短い詠唱。
精密で、迷いのない魔法が放たれる。
斥候は一瞬で沈黙した。
◆
静けさが戻る。
「……怪我」
レイナが駆け寄る。
「軽いです」
そう言ったが、袖が裂け、血が滲んでいた。
「……なんで」
声が低くなる。
「庇う必要、なかった」
「ありました」
即答すると、レイナは言葉を失った。
「あなたが倒れたら、依頼失敗です」
「……それだけ?」
「それだけ、じゃないです」
視線が合う。
一瞬、言葉が詰まる。
「……昨日、近くにいた人を、守るって決めました」
レイナは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりとハルトの腕に触れる。
包帯を取り出し、無言で巻き始めた。
距離が、近い。
息がかかるほど。
「……」
手つきは丁寧だが、少し強張っている。
「……怖かった?」
思わず、そう聞いた。
レイナは一瞬だけ動きを止めた。
「……少し」
小さな声。
「でも」
包帯を結び、顔を上げる。
「守られたのは……悪くなかった」
視線が逸れる。
《愛情反応:増。経験値+24》
◆
調査を終え、街へ戻る途中。
二人の歩く距離は、自然と近くなっていた。
「……さっきの」
レイナがぽつりと口を開く。
「無茶、しないって言ったのに」
「無茶じゃないです。判断です」
「……言い方がずるい」
「すみません」
「謝らなくていい」
少し間を置いて、続ける。
「……次も、組む」
「はい」
「条件付き」
「なんでしょう」
レイナは一度、立ち止まり、こちらを見る。
「勝手に死なない」
真剣な目。
「約束します」
そう答えると、レイナは小さく息を吐いた。
「……なら、いい」
◆
街が見え始めた頃。
レイナが不意に、腕を引いた。
「……これ」
ハルトの袖を指差す。
「破れてる」
「本当ですね」
「……後で、縫う」
「え?」
「目立つ」
それだけ言って、また前を向く。
だが、耳が少し赤い。
《愛情反応:微増。経験値+12》
(……難しいけど)
確実に、距離は縮まっている。
簡単には触れない。
だが、守り、守られ、信頼が積み重なる。
それは、甘くて、少し危うい感覚だった。




