夜営と、近すぎる距離
その依頼は、街の外れに出没する魔族の斥候調査だった。
討伐ではない。
正体を確認し、数と動きを把握する――慎重さが求められる任務。
同行者は、ハルトとレイナの二人。
夜をまたぐ行程のため、簡易的な野営が必要だった。
◆
「……ここで休む」
森の中、視界が開けた小さな空き地でレイナが足を止めた。
「風向きも悪くない」
「了解です」
焚き火を起こし、最低限の準備を整える。
夜の森は静かで、虫の声だけが響いていた。
「……体、冷えてない?」
ハルトがそう聞くと、レイナは一瞬だけこちらを見た。
「平気」
そう答えつつも、マントを少し引き寄せる仕草。
(……気づかないふりの方がいいか)
だが、焚き火の火を少し強めると、レイナは何も言わなかった。
《愛情反応:微。経験値+6》
◆
夜が更けるにつれ、空気が冷たくなる。
「交代で見張りを」
「私が先」
「では、その間に休みます」
横になると、地面の硬さが背中に伝わる。
しばらくして、レイナが声を落として言った。
「……眠れない?」
「少し」
「……じゃあ」
レイナはためらうように一歩近づいた。
「……距離、詰めてもいい?」
「え?」
「寒い」
それだけ。
理由は合理的。
だが、胸が妙にざわつく。
「……どうぞ」
二人は焚き火を挟んで、かなり近い位置に座る。
肩と肩が、わずかに触れる。
布越しでも、体温が伝わった。
(近い……)
レイナは何も言わず、前を向いている。
だが、呼吸が少しだけ早い。
◆
「……あんた」
不意に、低い声。
「他の女にも、こうなの?」
「え?」
「距離」
一瞬、答えに詰まる。
「……無意識だと思います」
「そう」
短く返される。
「……勘違いしないで」
「はい」
「安心してるだけ」
そう言いながら、距離は離れない。
むしろ、少し寄った。
太ももが触れ、思わず体が強張る。
(……落ち着け)
レイナは気づいているのか、いないのか。
だが、こちらを見ずに言った。
「……鼓動、速い」
「……すみません」
「謝る必要はない」
一瞬の沈黙。
「……嫌じゃない」
その一言で、頭が真っ白になりかけた。
《愛情反応:増。経験値+25》
◆
しばらくして、レイナが立ち上がる。
「……交代」
「はい」
立ち上がる際、マントの端がハルトの腕に引っかかる。
一瞬、指先が触れた。
柔らかく、温かい。
二人とも、何も言わなかった。
◆
見張りを終え、レイナが戻ってくる。
ハルトは焚き火の前で座っていた。
「……起きてたの?」
「眠れなかったので」
「……そう」
今度は、レイナの方から隣に座る。
距離は、さらに近い。
肩に、わずかな重み。
(……寄りかかってる?)
レイナの髪から、かすかな香りがした。
「……一つだけ」
「はい?」
「調子に乗らないで」
低く、だが柔らかい声。
「今は、ここまで」
「……はい」
その言葉に、なぜか安堵と名残惜しさが混じる。
だが、レイナは離れなかった。
肩に頭を預けたまま、静かに目を閉じる。
◆
夜明け前。
レイナが目を覚まし、体を離す。
「……忘れて」
「忘れません」
「……バカ」
そう言いながら、口元がほんの少しだけ緩んだ。
《愛情反応:増。経験値+18》
◆
朝日が森を照らす。
(……簡単には進まない)
だが、確実に距離は縮まっている。
触れて、感じて、踏みとどまる。
その緊張感が、妙に心地よかった。
ハルトは剣を握り直す。
(次は……行動で示す番だ)
魔族の気配が、遠くに漂っていた。




