静かな遺跡と、信頼の芽
旧魔導研究所は、街から半日ほど歩いた森の奥にあった。
苔むした石造りの建物は、かつての威容をわずかに残しつつも、長い年月の重みを感じさせる。
「……ここ」
レイナが立ち止まり、低く呟く。
「魔力の流れが乱れてる。予想以上」
「中、暗そうですね」
「視界は私が確保する」
彼女は杖を掲げ、小さく詠唱した。
淡い光が周囲を照らし、入口の影が浮かび上がる。
(……無駄がない)
動きも言葉も、必要最低限。
「先に言っておく」
レイナは振り返らずに言った。
「危険を感じたら、即撤退。資料より命優先」
「同意します」
即答すると、レイナは一瞬だけこちらを見た。
「……迷わないのね」
「迷う理由がないです」
その言葉に、ほんのわずかだが、表情が和らいだ気がした。
《愛情反応:極微。経験値+3》
◆
内部は、崩れた棚や散乱した器具で足場が悪い。
「足元、気をつけて」
「ありがとう」
短いやり取り。
だが、距離感は一定に保たれている。
不意に、床の魔法陣が淡く光った。
「止まって」
ハルトは即座に足を止めた。
「罠?」
「……古い感知式」
レイナは慎重に魔法陣を観察する。
「踏み込むと、魔力が暴走する」
「解除できますか?」
「できる。でも時間がかかる」
周囲を見回す。
壁に亀裂。天井から垂れる石。
(暴走したら、崩れる可能性もある)
「……右側の通路、使えませんか?」
「……?」
「狭いですけど、魔法陣はなさそうです」
レイナは視線を向け、少し黙った。
「……観察、できてる」
そう言って、頷く。
「その判断、正しい」
二人は迂回路を進んだ。
《愛情反応:微。経験値+6》
◆
奥の資料室に近づくにつれ、空気が重くなる。
「魔力濃度、高い」
「……無理はしないでください」
「自分の心配は?」
「二人で来てる以上、同じです」
レイナは足を止めた。
「……変わってる」
「よく言われます」
「嫌いじゃない」
短い言葉だったが、はっきりとした評価だった。
《愛情反応:微増。経験値+8》
◆
資料室の扉は半壊していた。
中には、暴走した魔力で動く魔導装置が残っている。
「……まだ稼働してる」
「触らない方がいいですね」
「ええ」
その時、装置が不規則に光り始めた。
「来る」
魔力の塊が形を取り、小型の魔導ゴーレムが現れる。
「……戦闘は私が」
「待ってください」
ハルトは一歩前に出た。
「動き、鈍いです。誘導できます」
「……できる?」
「やってみます」
ハルトは瓦礫を利用し、ゴーレムの注意を引く。
重い一撃が床を砕く。
(今だ)
「レイナ!」
「了解」
正確な詠唱。
魔法が核心を撃ち抜き、ゴーレムは停止した。
◆
静寂。
「……冷静だった」
レイナが小さく息を吐く。
「無茶しなかった。役割を守った」
「前に出るだけが、戦いじゃないので」
レイナはしばらくハルトを見つめた後、ふっと視線を逸らした。
「……信頼できる」
その言葉は、重く、確かなものだった。
《愛情反応:増。経験値+18》
◆
資料を回収し、帰路につく。
森の中、並んで歩きながら、レイナがぽつりと呟いた。
「……私、あまり人と組まない」
「そうなんですね」
「裏切られたことがある」
短く、それ以上は語らない。
「……でも」
歩みを止めずに続ける。
「今回は、悪くなかった」
それは、最大限の評価だった。
ハルトは静かに頷いた。
(この人は……時間をかけて向き合う相手だ)
簡単には落ちない。
だが、確実に、信頼の芽は生まれていた。




