広がる噂と、微笑まない少女
アルメスの街は、今日も変わらず活気に満ちていた。
だが、ハルト自身はその空気の変化を、はっきりと感じていた。
「ねえ、あの人じゃない?」
「街中でスライム倒したって……」
「新人なのに?」
通りを歩くだけで、ひそひそと声が聞こえる。
(……完全に噂になってる)
少し気恥ずかしく、同時に落ち着かない。
ギルドへ入ると、ミーナがいつもより早く気づいた。
「ハルトさん、おはようございます」
「おはようございます」
「その……昨日の件で、問い合わせがいくつか来ていて」
「問い合わせ?」
「護衛依頼や、簡単な討伐の指名です」
「えっ?」
思わず声が裏返る。
「まだ新人ですよ?」
「それでも、“街で人を守った冒険者”というのは、印象が強いんです」
ミーナは柔らかく微笑んだ。
「……誇っていいと思いますよ」
《愛情反応:微増。経験値+8》
(褒められるの、まだ慣れないな)
◆
依頼板の前で依頼書を眺めていると、背後から声がした。
「へえ、あんたが噂の新人?」
振り向くと、フードを被った少女が立っていた。
銀に近い淡い灰色の髪。
落ち着いた雰囲気だが、どこか他人と距離を置く目。
年齢は……二十歳前後だろうか。
「……はい?」
「街でスライムを倒したって聞いた」
「たまたまです」
「ふうん」
短く返され、値踏みするような視線を向けられる。
(この人……圧が強い)
「私はレイナ。魔導士」
「相崎ハルトです」
「知ってる」
即答だった。
「……あ」
「悪い意味じゃない」
そう言いつつ、表情は変わらない。
「護衛依頼を探してる。短期間」
「え、僕が?」
「噂が本当か、確かめたい」
あまりに率直で、返答に困る。
「でも、魔導士ならもっと強い冒険者に――」
「強さより、人柄を見る」
レイナは視線を逸らさず言った。
「逃げなかったって話、本当?」
「……はい」
「じゃあ、いい」
それだけ言って、依頼書を差し出してきた。
【資料回収・旧魔導研究所/危険度:中】
(……中!?)
「難しそうですが……」
「私は戦える。あんたは判断役」
「判断役……?」
「魔力が暴走してる場所。冷静な人間が必要」
淡々とした説明。
(今までの依頼より、明らかにレベルが違う)
「……わかりました」
少し迷ったが、断る理由はなかった。
◆
ギルドの外で待ち合わせると、セシルが目を丸くした。
「え、誰その美人」
「……聞こえてる」
レイナが冷ややかに言う。
「あ、ごめん」
セシルは舌を出した。
「で、ハルト。あたしは?」
「え?」
「今日、依頼ないなら一緒に――」
「今回は二人だけ」
レイナが遮る。
「……ふうん」
セシルは一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐに笑った。
「まあ、頑張って」
だが、視線はハルトから離れなかった。
《愛情反応:微。経験値+5》
(……気にしてる?)
◆
出発前、アリシアにも声をかけられた。
「旧研究所……油断しないで」
「はい」
「魔導系は、判断を誤ると命取りよ」
「……気をつけます」
アリシアは一瞬、レイナを見てからハルトに戻す。
「信頼される行動をしなさい」
その言葉が、重く、そして励みになった。
《愛情反応:微増。経験値+9》
◆
街を出てしばらく歩いたところで、レイナが口を開いた。
「……緊張してる?」
「正直、してます」
「隠さないのね」
「無理はしません」
「それでいい」
淡々とした声。
だが、どこか満足そうにも聞こえた。
「簡単に距離を詰めてこない」
「え?」
「……いや、独り言」
レイナは前を向いたまま言った。
(……この人、簡単には心を開かないタイプだ)
今までとは、明らかに違う。
笑顔も、好意も、すぐには見せない。
(難易度、上がったな)
だが――
だからこそ、向き合う価値がある。
ハルトは小さく息を吸い、足を踏み出した。
新しい出会いは、次の成長を連れてくる。




