街の騒動と、踏み出した一歩
アルメスの街は、昼前になると一段と賑わいを増す。
露店の呼び声、子どもたちの笑い声、行き交う冒険者たち。
ハルトはギルドでの簡単な雑用を終え、街を歩いていた。
(討伐依頼の後……少しだけ、街の空気が違って見える)
ほんの数日前まで、ここは「知らない世界」だった。
今は、少しだけ「自分の居場所」になりつつある。
「……?」
不意に、通りの向こうが騒がしくなった。
「誰か止めて!」
「危ないぞ!」
人だかりの中心から、聞き覚えのある声がした。
「……まさか」
嫌な予感がして、ハルトは人混みをかき分ける。
◆
路地の入口。
そこでは、セシルが小型の魔物――スライムに追われていた。
「ちょ、ちょっと待ってって!」
セシルは短剣を構えているが、足元に倒れた荷物のせいで動きが鈍い。
「なんで街の中に!?」
周囲の人々は距離を取り、混乱している。
(騎士団は……まだ来てない!)
一瞬、足が止まりかけた。
(……でも)
頭に浮かんだのは、昨日の討伐。
アリシアの言葉。
ミーナの心配そうな顔。
「――セシル!」
考えるより先に、体が動いていた。
ハルトは剣を抜き、路地へ駆け込む。
「ハルト!? 来ちゃダメ!」
「大丈夫! 動かないで!」
スライムがハルトに気づき、方向を変える。
ぬめるような動き。
だが、前ほどの恐怖はなかった。
(落ち着け……角はない。跳躍も遅い)
踏み込み、剣を振る。
だが――
「しまっ……!」
剣が滑り、浅い傷しか与えられない。
スライムが反撃に跳ねる。
その瞬間、セシルが前に出た。
「無理しないって言ったでしょ!」
短剣がスライムを弾くが、完全には止められない。
「……っ」
ハルトは歯を食いしばった。
(逃げるな……)
足を踏ん張り、剣を構え直す。
「セシル、後ろに!」
「え?」
「今度は……当てる!」
スライムが跳ねた瞬間を狙う。
訓練で教わった「待つ」動き。
――今だ。
剣が核を捉え、スライムは霧散した。
◆
一瞬の静寂。
「……やった?」
セシルが目を瞬かせる。
「……やった!」
周囲から安堵の声が上がる。
「怪我は?」
ハルトはすぐにセシルへ駆け寄る。
「ない……けど」
セシルは少し呆然としていた。
「……なんで、来たの?」
「危なかったから」
「それだけ?」
「……それだけ」
セシルはしばらく黙り込み、次の瞬間、笑った。
「ほんと、バカ」
だがその声は、どこか嬉しそうだった。
《愛情反応:増。経験値+20》
(……助けてよかった)
◆
遅れて、騎士団が到着する。
「街中で魔物を討伐?」
アリシアが状況を確認し、ハルトを見る。
「あなた……やったの?」
「はい」
「……一人で?」
「セシルも一緒です」
アリシアは腕を組み、しばらく沈黙した。
「……無謀ではあった」
「……」
「でも」
視線が真っ直ぐ向けられる。
「逃げなかった判断は正しい」
その一言が、胸に響いた。
《愛情反応:増。経験値+18》
「街の中では、守る意識が大事よ」
「はい」
「……それを、ちゃんと持ってる」
アリシアはそう言って、背を向けた。
◆
その後、ギルドで事情説明をすることになった。
「本当に、よかった……」
ミーナは胸に手を当て、深く息を吐いた。
「無茶は……でも、無事で……」
言葉が少し混乱している。
「すみません、心配かけて」
「……いいえ」
ミーナは首を振った。
「勇気を出してくれて、ありがとうございました」
その視線は、今までより少しだけ特別なものだった。
《愛情反応:増。経験値+22》
(……この力、確かに増えてる)
◆
その夜、宿の部屋でハルトは一人、ステータスを確認した。
【レベル:7】
【愛の経験値:大幅上昇】
(……急に、上がったな)
だが、それは数値以上の実感があった。
誰かのために動いた。
怖くても、踏み出した。
「……これが」
この世界で生きるということ。
ハルトはベッドに倒れ込み、小さく笑った。
「少しは……冒険者らしくなってきたかな」
街の灯りが、窓の外で静かに揺れていた。




