訓練の日々と、厳しい先生
アルメスの街に来てから三日目。
朝の空気は少し冷たく、石畳を踏む音が心地よかった。
ハルトは街の外れにある訓練場へ向かっていた。
(昨日のゴブリン戦……正直、足引っ張ってたよな)
剣を握る手に、自然と力が入る。
セシルに助けられ、アリシアには心配され、ミーナには優しい言葉をかけられた。
それが嬉しくもあり、情けなくもあった。
「……強くならないと」
そう呟いた瞬間。
「その意識があるなら、まだ見込みはあるわね」
背後から、聞き覚えのある冷静な声がした。
「ア、アリシアさん!?」
振り返ると、いつもの軽鎧姿のアリシアが腕を組んで立っている。
「ギルドで話を聞いた。あなた、訓練もせずに依頼を受けたでしょう」
「す、すみません……」
「謝るくらいなら、体を動かしなさい」
そう言って、訓練場を顎で示した。
「……私が見る」
「え?」
「最低限、人並みに戦えるようにしてあげる」
厳しい言葉だったが、突き放す響きではなかった。
「お願いします!」
即答すると、アリシアは小さく息を吐いた。
「……素直なのは、悪くないわね」
◆
訓練場には木剣や的が並んでいる。
朝の時間帯は人も少なく、静かだった。
「まず、構え」
アリシアは無駄のない動きで剣を構える。
「力を入れすぎ。肩が上がってる」
「こ、こうですか?」
「違う」
バシッ、と木剣で軽く腕を叩かれる。
「ひっ……」
「痛がらない。実戦ではもっと痛い」
容赦がない。
「次、素振り。百回」
「ひゃ、百!?」
「口を動かさない。振る」
言われるまま剣を振り始める。
一回、十回、二十回……
すぐに腕が重くなり、息が上がる。
「はぁ……はぁ……」
「まだ三十」
「う……」
アリシアは腕を組んだまま、じっと見ている。
「……でも」
ふいに、声のトーンが少しだけ柔らいだ。
「逃げないのね」
「……はい」
「昨日のあなたなら、途中でやめると思ってた」
「昨日より、少しは変わりたいですから」
アリシアは一瞬だけ目を伏せ、すぐに視線を戻した。
「……続けなさい」
その背中に、ほんのわずかな期待を感じた。
《愛情反応:極微。経験値+4》
(厳しいけど……ちゃんと見てくれてる)
◆
素振りが終わった頃には、腕が震えていた。
「次、模擬戦」
「え、今からですか……?」
「実戦は待ってくれない」
アリシアは木剣を構える。
「一本でも当てたら、今日は合格」
「……無理じゃ」
「弱音を吐かない」
開始の合図と同時に、アリシアが踏み込む。
速い。
昨日見た戦いよりも、さらに洗練されている。
(見えない……!)
それでも必死に剣を振る。
弾かれ、いなされ、転ばされる。
「……立ちなさい」
「はい……!」
何度倒れても、アリシアは終わりを告げなかった。
「考えなさい。どうすれば、当たる?」
「……隙、を……」
「その通り」
アリシアはわずかに動きを緩めた。
ほんの一瞬。
その瞬間に、ハルトは踏み込んだ。
カン――。
木剣が、アリシアの鎧にかすった。
沈黙。
「……一本」
アリシアがそう告げた。
ハルトはその場に座り込む。
「や、やった……」
アリシアは剣を下ろし、ハルトを見下ろした。
「正直、驚いた」
「え?」
「あなた、頭で戦うタイプね。体は弱いけど」
「……褒められてます?」
「ええ。褒めてる」
そう言って、アリシアは小さく微笑んだ。
ほんの一瞬だったが、確かに。
《愛情反応:微増。経験値+12》
(今……笑った……)
その事実だけで、胸が熱くなった。
◆
訓練が終わる頃、別の声が響いた。
「うわ、なにこのスパルタ」
振り向くと、セシルが柵に寄りかかっている。
「死ぬかと思ったでしょ?」
「そ、そこまでは……」
「絶対思ってたでしょ」
セシルは笑いながら近づいてきた。
「でも、さっきの踏み込み、悪くなかったよ」
「本当ですか?」
「うん。ちゃんと成長してる」
気さくに肩を叩かれる。
《愛情反応:微。経験値+6》
「……甘やかさないで」
アリシアが低い声で言う。
「成長したのは事実でしょ」
「だからといって、調子に乗らせるのは違う」
「はいはい」
二人のやり取りを見て、ハルトは苦笑した。
(なんだこの空気……)
◆
訓練後、ギルドに戻るとミーナがすぐ気づいた。
「あ……ハルトさん、腕……」
「え?」
見れば、あちこちに小さな擦り傷ができている。
「すぐ手当てしますね」
ミーナは慣れた手つきで薬を塗ってくれる。
「痛みますか?」
「いえ……大丈夫です」
距離が近い。
指先が触れるたび、妙に意識してしまう。
《愛情反応:微増。経験値+10》
「……頑張りましたね」
その一言が、訓練の疲れを一気に吹き飛ばした。
◆
その夜、宿のベッドでハルトは天井を見つめていた。
(今日は……ちゃんと前に進めた気がする)
アリシアに認められ、
セシルに励まされ、
ミーナに労わられた。
簡単には落ちない相手。
だが、だからこそ価値がある。
「……よし」
拳を握る。
「明日も、訓練だ」
ハルトの冒険は、確実に次の段階へと進んでいた。




