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元サラリーマン、愛の力で世界を救います  作者: 坂元たつま


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10/19

訓練の日々と、厳しい先生

アルメスの街に来てから三日目。

 朝の空気は少し冷たく、石畳を踏む音が心地よかった。


 ハルトは街の外れにある訓練場へ向かっていた。


(昨日のゴブリン戦……正直、足引っ張ってたよな)


 剣を握る手に、自然と力が入る。

 セシルに助けられ、アリシアには心配され、ミーナには優しい言葉をかけられた。


 それが嬉しくもあり、情けなくもあった。


「……強くならないと」


 そう呟いた瞬間。


「その意識があるなら、まだ見込みはあるわね」


 背後から、聞き覚えのある冷静な声がした。


「ア、アリシアさん!?」


 振り返ると、いつもの軽鎧姿のアリシアが腕を組んで立っている。


「ギルドで話を聞いた。あなた、訓練もせずに依頼を受けたでしょう」


「す、すみません……」


「謝るくらいなら、体を動かしなさい」


 そう言って、訓練場を顎で示した。


「……私が見る」


「え?」


「最低限、人並みに戦えるようにしてあげる」


 厳しい言葉だったが、突き放す響きではなかった。


「お願いします!」


 即答すると、アリシアは小さく息を吐いた。


「……素直なのは、悪くないわね」



 訓練場には木剣や的が並んでいる。

 朝の時間帯は人も少なく、静かだった。


「まず、構え」


 アリシアは無駄のない動きで剣を構える。


「力を入れすぎ。肩が上がってる」


「こ、こうですか?」


「違う」


 バシッ、と木剣で軽く腕を叩かれる。


「ひっ……」


「痛がらない。実戦ではもっと痛い」


 容赦がない。


「次、素振り。百回」


「ひゃ、百!?」


「口を動かさない。振る」


 言われるまま剣を振り始める。


 一回、十回、二十回……

 すぐに腕が重くなり、息が上がる。


「はぁ……はぁ……」


「まだ三十」


「う……」


 アリシアは腕を組んだまま、じっと見ている。


「……でも」


 ふいに、声のトーンが少しだけ柔らいだ。


「逃げないのね」


「……はい」


「昨日のあなたなら、途中でやめると思ってた」


「昨日より、少しは変わりたいですから」


 アリシアは一瞬だけ目を伏せ、すぐに視線を戻した。


「……続けなさい」


 その背中に、ほんのわずかな期待を感じた。


《愛情反応:極微。経験値+4》


(厳しいけど……ちゃんと見てくれてる)



 素振りが終わった頃には、腕が震えていた。


「次、模擬戦」


「え、今からですか……?」


「実戦は待ってくれない」


 アリシアは木剣を構える。


「一本でも当てたら、今日は合格」


「……無理じゃ」


「弱音を吐かない」


 開始の合図と同時に、アリシアが踏み込む。


 速い。

 昨日見た戦いよりも、さらに洗練されている。


(見えない……!)


 それでも必死に剣を振る。


 弾かれ、いなされ、転ばされる。


「……立ちなさい」


「はい……!」


 何度倒れても、アリシアは終わりを告げなかった。


「考えなさい。どうすれば、当たる?」


「……隙、を……」


「その通り」


 アリシアはわずかに動きを緩めた。


 ほんの一瞬。

 その瞬間に、ハルトは踏み込んだ。


 カン――。


 木剣が、アリシアの鎧にかすった。


 沈黙。


「……一本」


 アリシアがそう告げた。


 ハルトはその場に座り込む。


「や、やった……」


 アリシアは剣を下ろし、ハルトを見下ろした。


「正直、驚いた」


「え?」


「あなた、頭で戦うタイプね。体は弱いけど」


「……褒められてます?」


「ええ。褒めてる」


 そう言って、アリシアは小さく微笑んだ。


 ほんの一瞬だったが、確かに。


《愛情反応:微増。経験値+12》


(今……笑った……)


 その事実だけで、胸が熱くなった。



 訓練が終わる頃、別の声が響いた。


「うわ、なにこのスパルタ」


 振り向くと、セシルが柵に寄りかかっている。


「死ぬかと思ったでしょ?」


「そ、そこまでは……」


「絶対思ってたでしょ」


 セシルは笑いながら近づいてきた。


「でも、さっきの踏み込み、悪くなかったよ」


「本当ですか?」


「うん。ちゃんと成長してる」


 気さくに肩を叩かれる。


《愛情反応:微。経験値+6》


「……甘やかさないで」


 アリシアが低い声で言う。


「成長したのは事実でしょ」


「だからといって、調子に乗らせるのは違う」


「はいはい」


 二人のやり取りを見て、ハルトは苦笑した。


(なんだこの空気……)



 訓練後、ギルドに戻るとミーナがすぐ気づいた。


「あ……ハルトさん、腕……」


「え?」


 見れば、あちこちに小さな擦り傷ができている。


「すぐ手当てしますね」


 ミーナは慣れた手つきで薬を塗ってくれる。


「痛みますか?」


「いえ……大丈夫です」


 距離が近い。

 指先が触れるたび、妙に意識してしまう。


《愛情反応:微増。経験値+10》


「……頑張りましたね」


 その一言が、訓練の疲れを一気に吹き飛ばした。



 その夜、宿のベッドでハルトは天井を見つめていた。


(今日は……ちゃんと前に進めた気がする)


 アリシアに認められ、

 セシルに励まされ、

 ミーナに労わられた。


 簡単には落ちない相手。

 だが、だからこそ価値がある。


「……よし」


 拳を握る。


「明日も、訓練だ」


 ハルトの冒険は、確実に次の段階へと進んでいた。

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