サラリーマン、死亡して即モテ期到来
俺の名前は相崎ハルト、二十五歳。中小企業の営業職。
毎朝七時出勤、終電帰宅。休日返上は当たり前。上司の小言と客先の無茶ぶりに挟まれ、胃薬を飲むのが習慣になっていた。
恋愛経験は、聞かないでほしい。
彼女いない歴は年齢と同じ。
職場は既婚者だらけで合コンの声もかからない。
たまに話す女性はコンビニの店員くらい。
俺はいつから人生を諦めたんだろう。
気づいた時には、ため息ばかりの毎日になっていた。
その日も残業に残業を重ねた帰り道。
電灯に照らされた歩道をフラフラと歩きながら、俺は考えていた。
(このまま独りで死んでいくんだろうなあ……)
自虐とも本音ともつかない溜息を吐いた瞬間。
「危ない、おっさん!」
怒鳴り声。
振り向くより早く、視界いっぱいにトラックのフロント。
世界が白く弾けた。
痛みはなかった。
ただ、ふっと身体が軽くなる感覚とともに、俺は倒れたはずの地面ではなく、真っ白な空間に立っていた。
「目覚めたようですね」
声。
白い空間の中央に、妙にテンションの高そうな青年が立っていた。
背中に羽根が生えていて、服装はファンタジーゲームに出てくる神官のようだ。
「あなたは……?」
「私は神です。あるいは管理者と言った方がわかりやすいですかね。相崎ハルトさん、あなたは死にました。トラックに跳ねられて」
「あっ、ですよね」
あまりのあっさりさに、逆に受け入れてしまった。
そりゃあんだけ派手に轢かれたら死ぬだろう。
「本来ならそのまま輪廻へご案内するところなのですが、あなたは選ばれました」
「選ばれた、ですか」
「異世界転生です。おめでとうございます」
唐突すぎてついていけない。
軽いノリの神は続けた。
「あなたの行く世界では、魔王が率いる魔族と、人間が戦争をしています。どちらが滅ぶか、ギリギリの均衡状態です」
「なぜそんな危険なところに!」
「あなたに役目があるからです。魔王を倒して平和を築いてほしいのです」
「いやいや、無理ですから! 俺ただのサラリーマンですよ」
「ご安心を。あなたには転生特典を授けます」
神は片手を上げると、空中に光の文字が浮かび上がった。
【スキル:愛の力(Love Power)】
【効果:他者から向けられた愛情を経験値として吸収する】
【愛情段階ごとに高効率でステータス上昇】
【対象は主に異性】
読み上げられた内容に、思わず二度見した。
「ちょ、ちょっと待ってください。これは……」
「そのままの意味です。あなたが女性から愛されれば愛されるほど、あなたは強くなります」
「俺に、そんな……?」
「むしろ、あなたのようなタイプにこそ適性があるのですよ。現世ではモテなかったようですし」
「ううっ……否定できない」
恋愛経験ゼロの俺が、愛だのハーレムだの言われても実感がわかない。
「とにかく、あなたは愛を知り、愛を与えられ、強くなる。それがあなたの成長システムです」
神は満面の笑みで言った。
「どうか異世界を救ってください。そして存分にモテてください」
「そんな雑な激励ありますか……?」
異世界。魔王。戦争。
俺がヒーローになるなんて想像もできない。
だが、モテない人生に終止符を打てるなら――。
「……わかりました。やります。魔王を倒します。そして、モテます!」
「快諾ありがとうございます。せいぜい善処してください!」
光が俺を包み、意識が再び遠のいた。
次に目を開けた時、俺は森の中に倒れていた。
木々が揺れ、風が頬を撫でる。聞き慣れない鳥の声。
見知らぬ世界に、本当に来てしまったんだ。
「スキル……あるんだよな」
試しに意識を集中すると、視界に半透明のウィンドウが開いた。
【名前:相崎ハルト】
【年齢:25】
【レベル:1】
【スキル:愛の力】
ゲームのステータス画面そっくりだ。
「本当に異世界……」
その時だった。遠くから悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ! 誰か助けて!」
とっさに走り出していた。
声のした方向へ駆けると、小さな開けた場所に飛び出す。
そこには狼のような獣に追い立てられている少女の姿があった。
栗色の髪。まだ十代半ばか。
服装は粗末だが瞳は強い光を宿している。
「大丈夫か!」
気付けば腰の剣を抜いていた。
扱ったことなんかない。それでも身体が勝手に動いた。
剣を振るう。
自分でも驚くほど軽く、鋭い軌道で狼の鼻先を捉える。
「きゅんっ!」
狼は怯んで後退し、森の奥へと逃げていった。
静寂。
少女がこわごわと顔を上げる。
「た、助けてくれたんですか……?」
「え、ええ。大丈夫?」
「はい……ありがとうございます。本当に……」
少女は顔を赤らめ、胸に手を当てた。
「すごく、かっこよかったです」
鼓動が跳ねた。
その瞬間――
【経験値 +50】
【レベル 1 → 2】
視界に浮かぶウィンドウ。
少女が照れて微笑んだだけで経験値が入った。
「これが愛の力……!」
「えっ、何か言いました?」
「い、いや! 何でもない!」
少女はほっとしたように笑った。
「私はリリア。村に住んでいます。もしよかったら、お礼をさせてください」
「お礼なんていいよ。困ってる人を助けたのは当然だから」
言った自分が少し誇らしい。
リリアは俺を村へと案内してくれた。
◆
村は小さかったが、温かい雰囲気に満ちていた。
リリアの家で夕食をご馳走になり、村の人々からも感謝の言葉をもらう。
「ハルトさんはすごい冒険者なんですね」
「いやいや、全然。初心者だから」
「でも、助けてくれました。それだけで……私、すごく安心したんです」
リリアは恥ずかしそうにうつむく。
その距離は自然と近くなる。
「明日、村を案内します。もっと色々お話したいです」
柔らかな笑顔。
俺の胸に温かなものが広がる。
【経験値 +100】
【レベル 2 → 3】
視界に光が弾けた。
愛情は確かに俺を強くしていた。
(俺は、強くなれる……)
これまで他人に必要とされたことなんてなかった。
自分なんて誰の役にも立てないと思っていた。
でも今は違う。
誰かを助けて、愛されて、強くなる。
そんな生き方ができるのなら――。
(魔王だって倒せるかもしれない)
胸が高鳴る。
俺の第二の人生が本当に、ここから始まるのだ。




