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9.

「ありがとうございました」


バタンとドアが閉まる音が静かに響く。彼は最後の人で、どうやら長い診察が終わったようだった。

辺りはすっかりと暗くなり、小さなロウソクだけが、書き殴ったメモ用紙をほのかに照らしていた。


木製の椅子に腰を下ろすと、肩の力が抜け、疲労がどっと押し寄せて、長い診察の後の静けさが、逆に体の疲れを際立たせた。


メモに手を滑らせる。そこにはいくらかの疫病に関する情報と渡した薬だけが書かれていた。

患者の声を聞くことは叶わなかったが、彼らの家族の声を聞くに、疫病は領間の貿易が盛んになった頃、他の領地から貰って来たもののようだった。

この地に馴染みがないせいで免疫も働かず、あっという間に広がってしまう。持参していた薬を処方してみたが、それは風邪薬と大差なく、あくまでその場しのぎにすぎなかった。

それに、この土地柄に合ったものでも無いのは確かで、その効き目も、この土地では未知のままだ。


だから、これからダイゼンたちと相談して、適切な特効薬を作らなければならない。

そう考えると、眠気も重なり、頭がぼんやりとしたような気がした。


「お疲れ様です。……かなりの訪問者様でしたね。ディナーの時間はだいぶ過ぎておりますが、如何なさいましょうか」


セリンが紅茶を持って立ち止まり、尋ねた。疲れからか薬草の匂いをずっと嗅いでいたからか、不思議と食欲はなく、それを丁重に断る。


「承知しました。では、寝室に案内いたしましょうか」


「そうですね……、まずはダイゼン様の部屋の方に案内してくれないでしょうか。薬のことについて聞きたいことがありまして」


「左様でございますね。でしたら、エリシア様とダイゼン様の部屋は隣ですので、一緒にご案内しましょう」


「ええ、ありがとう」


メモ用紙と薬の入った鞄を持ち、部屋を後にする。そして、セリンに先導され、ダイゼンの部屋の前まで来た。


扉を叩き、開けると、客をもてなすには十分すぎるほど広い空間が広がっていた。そこには、ふかふかのベッドと二人掛けのソファ、姿見まで備わっていた。

その中でダイゼンは、机に向かい、両手を組んで額を押さえるように項垂れている。灯火に照らされた横顔は、深い思索に沈み、私のことに気づいていないようだった。


「ダイゼン様、少々お時間よろしいでしょうか」


彼に近づき、声を掛けると、ようやく彼は私に気づいたようで、その皺の入った顔をこちらに向けた。


「もちろん。そちらの方はどうだったかな。無理はしなかったか」


「皆さん、真摯に話を聞いてくれましたし、メモも沢山とれました。そちらはどうでしたか」


「当主様とはお話しする機会があった。熱い方だった。一刻でも早く民を救ってほしい、と。私もエリシア嬢も同じ想いだと伝えた。……どうやら、それは間違っていなかったようだ」


ダイゼンは椅子から立ち上がると、扉の方へと足を向けた。


「それでは、他の医師も呼ぼう。明日の朝までは十分な時間がある。それまでには終わらせよう」


その言葉に頷きを返した。確かに疲れはある。それでも、目の前のメモ用紙に書かれた患者の家族の声が、私をじっと見つめているような気がした。

肩に重くのしかかる疲労を押し返すように深く息を吸い、手に力を込める。今夜中に策を練り、民の命を救うために動かねばならない――そういう覚悟が体を支えてくれた。

ロウソクの火が揺れる。今夜はまだまだ長いようだ。

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