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8.

馬車から降りると、石畳の上に長く影が伸びていた。大扉の前には整列する兵士、その奥には煌びやかな屋敷がそびえている。


「医師様。遥々、ルナード領からお越しくださいまして、誠にありがとうございます。本来でしたら、さっそく歓迎のお食事をしたいところなのですが、ただいま、疫病の患者のご家族様が問診所に押し寄せて来ておりまして。可能でしたら、ディナーの時刻までに診察をお願いできますか」


しかし、そこに響いたのは歓迎の言葉ではなく、使用人の切迫した依頼だった。

案外、フォルセイン領での初仕事は早いらしい。


「ええ、構いませんとも。それではさっそく、診療所の方に行きましょうか」


初老の医師、ダイゼンが答えると、鞄を携え、ヨボヨボとした足取りで問診所へと向かおうとしていた。その危なかっしい足取りに思わず、静止の声を出す。


「ダイゼン様!長旅で疲れているでしょう。休んだ方がいいのではないでしょうか」


「いやはやしかし、困っている人がいるのなら行かねば……」


「私が代わりに行きますから」


私の提案にダイゼンは少しばかり悩んだ様子を見せたが、結局は私の鋭い眼差しに折れたように頷いた。


「……エリシア嬢なら大丈夫でしょう。ただ、無理はなさらぬように」


その言葉に少しほっとする。

私が信頼されていると実感できるし、私の力を試す良い機会でもあったからだ。

そして何より、今は少し、エルンに会いたくはなかった。


「では、エリシア様。問診所へとお連れしましょう」


使用人のセリンと少しばかりの会話をしながら、煌びやかな玄関を横切り、渡り廊下を進む。華やかな屋敷の装飾から離れるにつれ、だんだんと装飾は質素なものに代わり、薬草や消毒の匂いが鼻を刺すようになった。


フォルセイン邸の離れにある、と言われた問診所の扉を押し開けると、室内は薄暗く、最近、掃除されたような小綺麗さがあった。おおよそ、長らく使われていなかったため、慌てて掃除をしていたのだろう、と邪推してしまう。


そして、外のドアからはすでに沢山の人がひしめき合っているような声が聞こえてきた。

咳をする男、泣きじゃくる子供をあやす母親、呻く老人——。それは疫病にかかった人にしては軽い症状のように思えたが、その声を耳にして少しの不安が募る。しかし、不安を募らせるだけでは、現状は変わらないのも事実で。

カリスにとって薬学は戯れかもしれない。でも、ここでは命を繋ぐ力になるのも事実で。


「それでは始めましょうか」


私の呟きは静かに部屋の中に響いた。

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