5.
「……賭けか。それはどんなものだ?」
カリスは眉をひそめ、面白そうなことを見つけたようにニヤリと口角をあげた。その表情からはやはり、リディアのことが透けて見えた。
「あなたの婚姻破棄を受け入れます。その代わり、私とあなた、どちらが幸せになるのか——。賭けをしましょう」
「はっ、戯けが。そんなの賭けをする前から決まりきっているではないか。リディアが婚約者となれば、私も、この国も幸せにできる。それに対して、お前はどうだ?薬草遊びに耽けるだけで、私のため、国のために動いていなかったではないか」
カリスの勝ち誇った声音が寝室に響く。
それに反論しようとしてもカリスには届かないだろう。もう、私たちは後には戻れないところまで来てしまったのだから。
私たちの関係は終わる。今、この時に。
あの夜の涙は、朝日と共に乾いていた。
——そして、気分の良い昼下がり。屋敷に出立の鐘が鳴り響く。
それは私のための惜別の音か、とも思ってみるが、外の賑やかな笑いと雰囲気に包まれたカリスとリディアを見ると、どうやら違うらしい、とため息をこぼした。
「手を動かせ。もう、じきに馬車が行ってしまうぞ」
私のため息に答えるように、低い声で男がぶっきらぼうに言う。その声はおおよそ、私が貴族であるとは到底、思っていなさそうな表情を孕んでいた。
彼と会ったのは、医師会に最後の挨拶へ訪れた時だった。彼は一晩中、医師会に居たらしく、その隈の出来た目で医師に「私の領地が疫病で困ってるんだ、助けてくれ!」と、懇願していた。
——そう、エルンだ。
彼はどうにも諦めが悪いらしく、医師に泣きついては断られるを繰り返していたようだった。
とは言っても、私以外に四人しか医師は居ない。
けれど、彼らは皆、厄介事を避けるタチだ。机に突っ伏して居眠りする者や、薬草をいじりながら耳を貸そうとしない背中を見れば、エルンがすがっても無意味だったと、よく分かる。
そして、そんな中に私が来れば、新しい標的を見つけたように泣きつくのは明白で。
『その髪飾り……、もしかして、お前……、昨日のか?』
そして、彼が昨日のことを思い出して、私を煙たがるのも当然で。
ただ、こうして文句を垂れながらも荷物をまとめるのを手伝ってくれるのは、彼の諦めの悪さゆえなのだろうか、とも思ってみる。
それに、彼の横顔はどことなく、上機嫌だった。
私が彼の願いを受け入れたせいだろうか。それは分からないけれど。
「ほら、行くぞ」
私が医師会の扉の前一枚の張り紙を貼っていると、エルンが山のような荷物を片手に持ちながら手を差し伸べてきた。それはだいたい、薬学に関するものだ。
なんだか申し訳ない気持ちになりながら、その手を握る。彼の手はやはり情熱に満ちたように熱く、男の硬い手だった。
「ええ、参りましょうか」
私は彼に微笑みを向けながら、馬車へと乗り込んだ。
ああ、そういえば。
——張り紙の内容はあれで足りただろうか。
『医師異動のお知らせ』




