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4.

その後、エルンとどう別れたのかも、どうやって寝室まで帰ってきたのかも、正直覚えていなかった。


ただ、彼の情熱と男の手の感覚だけが胸に残っていて、その感覚を何度も反芻しては、この夜の長さをやり過ごしていた。

そうしているうちに、気づけばカリスが帰ってくる頃合いになっていて、乱暴に扉を開けて入ってきた彼は、ソファへと腰を投げ出し、わざと聞こえるように大きなため息をついた。


「はあ、疲れた……。エリシア、水を持ってきてくれ」


「はい、ただいま」


「今日のリディア嬢は一段と輝いていたな」


水を渡せば、たちまち彼は随分と上機嫌な笑みを浮かべて、饒舌になった。

その口で私との惚気のひとつでも欲しいものだが、語られるのはリディアの仕草や笑顔ばかりだった。

どれほどリディアが可愛いか、愛らしいか——その話題だけで埋め尽くされていた。


「そんなにリディア嬢が大事なのですか」


彼の振る舞いに嫉妬して怒るほどの愛情など、とうの昔にすり減っていたはず……。

そう思っていたのに、気づけば無意識のうちに言葉が漏れていた。心の真ん中に残っていた最後の望みだったのかもしれない。


「ああ、もちろん。仮にお前との政略結婚の話など無ければ、とうに籍は入れ、子を作っていただろうな」


あまりに当然のように告げられた彼の言葉に胸の中の何かが、ひび割れたような気がした。

私がまだ彼に未練を残していて、幻想を夢見ていて——。

それで繋がっていた仮初の愛情が、あっさりと崩されたようだった。

それでも、彼は追い討ちをかけるように、言葉を続ける。


「いや、しかし、これはもう仮の話ではないかもしれないな。……エリシア、お互いに幸せを掴まないか。——この関係を終わりにしよう」


やはり、私の幻想など、たかが幻想止まりだ。

愛されていないことはとうに分かっていたはずなのに、どうして今さら胸が痛むのだろう。どうして今さら涙がこぼれるのだろう。


「それに、ただで婚姻を終わらすと持ちかけたわけではない」


カリスは唇を吊り上げ、わざとらしく間を置いた。

彼の手には婚姻についての書簡があった。

計画されていたことなのだろう、とエリシアは諦めを吐露した。


「今回の舞踏会に、フォルセイン家の令息が来ているらしい。名は確か、エルンと言ったか」


エルン。

聞き馴染みのある名に少し動揺が隠せなかった。


「そいつと一緒に行ってはどうだ。婚約者もいないそうだし、疫病が流行っていると聞いた。お前のお遊びみたいな薬学でも、そこでなら多少は役に立つだろうし、お前の高潔な血筋も欲しがるだろう」


お遊びの薬学——。

高潔な血筋——。

けれど、それを笑われてもなお、私にはそれしかないのは事実だった。


だからこそ、エルンの名が出てきた時、運命が皮肉にも笑ったような気がした。

そんなに薬学を笑うのならば——証明してみせればいい。

私は静かに微笑み、唇を開く。


「……賭けをしましょうか、カリス様」


私の声が静かに、しかし、たしかに寝室に響いた。


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