35.
やがて、拍手の波が静かに引いていった。
大広間には軽やかな旋律が再び流れ、華やかな衣装がゆるやかに舞っている。
香り立つ料理の匂いと、笑い声が混じり合う中——。
私とダイゼンは二階の回廊から、その賑やかな光景を見下ろしていた。
その光景にふと、エルンの姿が映る。
彼は何人もの令嬢に言い寄られて、談笑をしているようだった。何を話しているのかは、喧騒さに揉まれて分からない。けれど、時折見せる彼の笑みは私の知らない柔らかさがあった。
それに、可憐な令嬢に囲まれたせいか、シャンデリアの明かりのせいか、彼は顔を赤らめているように見える。
今の彼はあの薬草の匂いに包まれた日々とはあまりに遠く、まるで別の世界の住人のようだった。
そう考えた瞬間、胸の奥が少しだけきゅっと痛む。それと同時にやっぱりか、とも思う。私は華やかさとかかけ離れているみたいだ。
「ふう、ようやく終わったか……」
それを横目に、ダイゼンは皿に取り分けた肉料理をナイフで切り分けながら、疲れを吐露した。使用人が淹れた紅茶の表面に彼の緊張の余韻とか私の色々な感情とかを落としながら、頷きを返す。
「よく頑張られていたと思いますよ。壇上では堂々と話せていましたし、私には出来ないことですから」
労いの言葉を掛ければ、彼は安堵の笑みを零した。しかし、ナイフを持つ手は緊張の糸が切れたみたいにかすかに震えていて、まだ興奮の余韻を引きずっているらしい。
彼は今回の主役の一人で、エルンみたいに声をかけられる立場だ。
と言っても、実際は薬学好きな貴族なんて滅多に居ないし、居たとしても一部の物好きくらいだ。
エルンのように、囲まれるほどの騒ぎにはならないだろうけど、それでも、その緊張の程度で上手に会話出来るのだろうか、と少しいたずらに笑みをもらした。
「エリシア嬢?急に笑って、ど……」
「——お話し中、すみません。医師様方でしょうか?」
不意に落ち着きを払った男の声が聞こえて、ダイゼンの言葉が遮られた。
「……ええ。そうですが、なにか用ですかな?」
言葉を遮られたせいか、ダイゼンが調子悪げに問い掛ければ、案の定、その貴族は薬学を学んでいるらしく、「ダイゼン様のお話を聞きたいのです!」と上擦った声で言っていた。
それにダイゼンは照れながらも、言葉を返していく。
ダイゼンと貴族の会話を耳にしながら思う。
——薬学好きな物好きは随分と珍しい。私が王都でそれに耽ていた頃も、薬学を学んでいる人は片手に収まる人くらいしか、いなかったから。
今でも、薬学を学ぼうとしている人はどんな人なのだろうか、とその貴族の男の姿をまじまじと見た。
長身な体躯に、スラッとした足に、剛な肉体に。
そして、ダイゼンと話す貴族の横顔を見た瞬間——
見覚えがあった。どこでだろう。
思考の底に霞のような王都での記憶が揺らめいて、唇が自然と動いた。
「ユリウス……?」
と思わず、その名前を小さく呟いた。




