34.
大広間には眩しいほどのシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に落ち、無数の宝石のような反射を散らしている。
そこに流れるのは、弦楽と笛の軽やかな旋律。
音色が人々の笑いと声に混ざり合い、まるで祝福の泡のように弾けていた。
そんな中、私はフォルセイン領の付き添い人として、席の最前列にてそれを肌で感じていた。そして、隣にはオルディン当主。なんだ、この配置は、と小さく疑問に思うが、彼にそんな事を口走る勇気などはなかった。
「——諸君、今宵は我らが友、フォルセイン領の功績を讃える夜だ。彼らの献身が実を結んだことを王に代わり、私が心から感謝しよう」
やがて、壇上に立った王太子ルミナスが声高らかに手を軽く掲げる。
「では、今宵の主役——エルン殿とダイゼン殿に登場して頂こう!」
ルミナスのその声に、大広間のざわめきが一瞬静まり返り、光の波の中で拍手の音が穏やかに広がっていった。
そして、その拍手を一心に受けているダイゼンはゆったりと、そして、しっかりとした足取りで壇上へと足を動かした。その表情には緊張などないようにさえ思えたが、彼の手の指先は震えていて、彼が今、必死に平静を保っていることを物語っていた。
どうやら、今はその興奮な熱で頑張っているらしい。後で、しっかりと労おう。
エルンの方は、さすが貴族と言うべきだろうか。堂々とした態度で、ルミナスと並んでいた。
そして、式のためか整容になった彼の顔はいつも以上に輝かしくて、艶やかに思えた。それに反応するように、後ろの方でもヒソヒソと女性の話し声が聞こえてくる。
そういえば、彼は、『王命を果たせたら、縁談の話も貰えるかもしれない』と、言っていた。
もし、それが果たせたのなら、私たちの関係はもう終わりなのだろうか。あの差し出してくれた手は誰か違う人のために向くのだろうか。
朝から晩まで薬草のことについて話して、採って、煎じて、たまに昼寝をして。そんな密かな何気ない時間も——。
そう嫌な妄想が膨らんでしまう。
でも、所詮、私は医師なのだ。
彼にとって縁談話を貰えることが一番現実的で、最良で。
私とエルンの間にある縮まらない距離が、とか勝手に縁を決めつけるのさえ、おこがましいものなのだ。彼とは単に仕事仲間とか、そういう認識で——。
「逞しくなったものだな……」
私を現実に戻すように、オルディンは呟く。彼の顔を見れば、大粒の涙を光に反射させていた。
そんな彼の、父としての優しさも誇らしさも混ざったようなその顔を見て——。
穏やかな感情と共に、なんだかな、と胸の奥で形のないわだかまりが静かに沈んでしまう。
喜びに満ちた空気の中で、私だけが少し違う鼓動を抱えているようだった。
思えば、オルディンから婚約の願いをされたのに、彼は何一つとして協力していないし、遠巻きに私たちを眺めていたばかりだ。
一つくらいエルンの枷を外すように背中を押してくれても構わないのに、とも思ってしまう。
それでも、オルディンがそんなことをしないのは、きっと、そういう不誠実な関係を望んでいないだけなのだろう。
しかし、私の中の独占欲が不平不満を募らせてしまっている。
彼に悪態をつく勇気などはない。ないけれど、この歓喜の渦の中で、シャンデリアの反射する光の中で。せめて、貴族令嬢と同じように、そういう密かな思いをエルンに向けることくらいは許されるだろう。




