2.
私の居場所――それは医師会だ。
ルナード邸の一角に設けられたその部屋は、普段、貴族が足を踏み入れることなど滅多にない場所だった。
いつからか人々は神をより強く崇めるようになり、その加護こそが癒やしだと信じ始めた。
薬学は「時代遅れ」とされ、表舞台からは遠ざかり、人目を避けるように細々と続けられている。
貴族令嬢としての私は、夫の飾り物に過ぎない。
だからだろうか――ここに集う人々と、どこか似た孤独を共有している気がして、自然と仲間意識を抱いていた。
整然とした机の上で、一つだけやけに古びた本を手に取る。それは薬草について書かれた本で、私がここに来るよりも前に、最初に読んだ本でもあった。本の背を撫で、しおりが挟まった一ページに指を入れる。
セリオン草——疲労を癒すと記されていたその名を、当時の私は何度も口の中で転がした。
これを読んだときは、カリスに夜の誘いを断られたときだった。
そのときの私は健気なものだった。
彼が断ったのは、ただ単に疲れているものだと思い込んで、疲労回復だとか、滋養強壮だとか、精力増強だとか、そういう薬草がないか、熱心に調べに来ては、カリスに飲ませていた。
ただ、いつもそこには冷たい現実があって。
『カリス様、お疲れでしょう。お茶を持って参りました』
『ああ、感謝する。……今日はいつもと違う味だな。気分変えたのか?』
『ええ、最近、カリス様がお疲れのように見えて。薬学で疲労回復の薬草を学びました』
『薬学?——くだらん。そんなことに時間を費やすな』
そんな記憶が蘇る。
結局、私の努力はカリスには必要ないと馬鹿にされるザマだ。
それでも、医師会に顔を出すようになったのは、その努力あってこそだった。
最初はただ、薬草の本に書かれている内容が正しいのか、それを確かめたかっただけだった。
けれど、医師同士の会話は驚くほど心地よく、誰一人として「くだらん」などとは言わなかった。
むしろ、こうして医師会に足を踏み入れ、薬草について調べるくらいには、私の拙い考えを真摯に聞き取り、時に修正し、時に褒めてくれた。
それに、ルナード領に来る前から、薬学には興味があった。それが私にとっての武器であったから。
「――その薬草は、熱病にも効くとされている」
私が過去に思いを耽っていると、突然、背後から低い男の声が聞こえた。
思わず肩が跳ねた。今は医師会の人も家に帰っている時間帯のはずだ。それに、貴族でさえ、舞踏会に出ているはず。
誰も来ないはずの場所で声をかけられることほど、心臓に悪いものはなかった。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはおおよそ、薄暗い部屋にいるのには不自然なほど、小綺麗な衣装を身にまとっている金髪の男がいた。




