17.
やがて、切り揃えられたガンダリ草を煎じるとその独特な香気が混じった湯気が狭い部屋を瞬く間に満たした。
「本当にできたのか?この匂い、酷いぞ……」
「ええ。良薬は口に苦しとも言いますし、匂いもきっと強烈なものになると思いますが……」
試作品の薬を前に、エルンは鼻を押さえながら聞いてきた。
一度深呼吸をすれば、確かにつんざくような薬草の香りが鼻腔をくすぐる。
慣れていない人が直で嗅ぐと目眩を誘うような、そんな匂いだ。少しばかり配慮が足りなかったか、と反省しながら窓を開けた。
その瞬間、むせ返る薬草の匂いが部屋から放たれると同時に、外から押し寄せる群衆の熱気に思わず息を呑んだ。
家の外は人、人、人——。ざわめきが波のように押し寄せ、無数の視線が私を捉えていた。
その光景にただ呆然としていると、一人の屈強な男がこちらに歩み寄ってきた。
「どうなさいましたか」
「薬草の匂いがしてね、もしかしたら、薬が出来たんじゃないかって噂になってんだ。どうだい、嬢ちゃん。薬は出来ているかい」
ガンダリ草の匂いは部屋の外まで届いていたらしい。そんなに強烈な匂いなのか、と疑問が浮かんだが、——それはどうやら違うようだ。
「違うよ。おじさん、朝からずっと待ってたんだよ!きっと、昨日の薬が効いたから待ち遠しくて来ちゃったんだ」
一人の少年が駆け足で近寄り、そうハツラツと言った。屈強な男は「おい、坊主!」と、制止の声をあげるが、少年の言うことが図星のようで、それ以上声を荒らげることはなかった。
「もう少しで出来ますから、ちょっとだけ待っててくださいね」
私がそう答えると、男は気恥しい様子で私を見てくる。しかし、私の後ろに隠れているエルンを見れば、たちまち目を見開いた。
「おぉ!エルン様も薬のお手伝いをされているのですか!」
男はそう軽快に声をかけるが、ただ、エルンは私の後ろに隠れるばかりだった。とは言っても、エルンの方が私よりも身長は高いし、私の背後に隠れようとする姿は、かえって目立っていた。
「呼ばれていますよ、エルン様」
「こういう手のやつは慣れていないんだ」
私が耳打ちすれば、エルンもまたそう耳打ちを返した。とんだわがままな人だ。それに、私はまだ薬を仕上げなければならない。エルンの相手ばかりをしてられないのだ。
「私は薬を作っていますから……、ほら!」
エルンの手を引っ張り、窓の前に立たせた。彼は怪訝そうな表情をこちらに見せるが、男の「この前の薬で娘が元気になりましてな——」という話し出しに、エルンは会話を続けざるを得ない様子だった。
これで、気兼ねなく薬草を作れると、ひとつ安堵した。
そして、乳棒で乾燥した薬草を砕く。徐々に鮮やかな緑から濁った茶へと変わっていき、乳棒がすり鉢にこすれるゴリゴリとした音が、部屋に一定のリズムを刻んだ。
それに混ざるように聞こえるエルンの会話の声。
ふと、彼の横顔を見やれば、彼はぎこちない笑みを浮かべていた。その表情は人前に立つよりも薬草を煎じる方がまだ気楽だと言わんばかりに、険しい顔をしていた。




