15.
「それでは、いい報せを待っているわね」
「あまり気負いしなくていいからな。私とセレーネのように大事なものはすぐ近くにある。それを見落とさないように、ゆっくりと丁寧にやるんだ」
「そんなに心配しないでください。私は、大丈夫ですから。……それでは」
そんな軽い別れの挨拶を交わし、セレーネとアレクシスを載せた馬車は車輪の音を遠のかせ、王都へと向かってしまった。
その馬車の後ろ背を眺め、手を小さく振りながら、姉と交わした約束を頭に浮かべる。
『まずは医師として、この地の疫病を調べなさい。そして、再発がないように適切な薬を作りなさい』
その言葉を反芻しながら、私は静かに深呼吸をした。
父には気負いしないで、と言われたが——するに決まっている。初めてのことだし、王命だし。
「エリシア、そこで何をしているんだ?」
不意に背後からエルンの声がした。
少し会うのを避けようと思っていたばかりに、思わず肩が跳ねる。
しかし、振り返れば、そこには薬草でいっぱいの籠を抱え、疲れ果てた面持ちのエルンが立っていた。その素っ頓狂な状態に、気まずさは一瞬で驚きにかき消された。
「エ、エルン様!どうして薬草を……」
「セリンがそちらに掛かりっきりだっただろう。だから、医師の誰もがガンダリ草の生えてる場所が分からない、と困っていたんだ。私はちょうどセリンから聞いていたし、連れて行ってたんだが……」
彼はそう言いながら、その籠を私に渡し、ふうと息をついた。
「そしたら、このザマだ。君以外の医師は皆、若くはないし、体力があるだろう、と籠持ちを頼まれてしまってな。大変だったよ」
「そう言うわりには、大変だったようには思えないのですが……」
確かに、彼の顔は疲れが滲んでいて、額に汗をにじませていたが、それよりも感じ取れたのは、むしろ達成感に似た清々しい感情の方で、彼の瞳はどこか誇らしげに輝いているように思えた。
「やはり、医師にはなんでもお見通しのようだな」
彼は驚いたような表情を見せ、少し声を落とした。
「実は、昨夜王命を預かってな。疫病を根絶出来たら、王都に招待してくれるらしい。そしたら、縁談の話もきっと貰えるはずだ」
どうやら彼もまた、セレーネに同じ話をされていたらしい。
「私も同じ話をされました」と、彼に言えば、「それでは頑張らないとな」と、無邪気な笑いを返された。
そこに昨日のわだかまりはなく、必死に避けようと思っていた自分が馬鹿らしく映って、どうしようもなく、肩の力が抜けていくのを感じる。
「お疲れになったでしょう。部屋に戻ったらお茶を入れましょうか」
「ああ、頼む。昨日と同じ、セリオン草のお茶だと嬉しい」
「わがままですね」
「別にいいだろ。年長の医師方にこき使われた後なんだから。少しは甘やかしてくれ」
そういう会話を挟みながら部屋へと向かう。並んで歩くその距離は昨日よりも少しだけ近く感じられた。そのささやかな変化が、なぜだか胸をくすぐるのだった。




