14.
「……お姉様はズルいです」
小さく抗議の声を上げると、セレーネは愉快そうに肩を揺らした。
「王太子様から学んだ成果かしら。逃げ道を与えない交渉術ってやつね。あなたも使えた方が良いと思うわよ」
「まったく……。それに使えたとしても相手がいません」
セレーネの愉快そうな笑いに、思わずため息をつく。それに反応したのはアレクシスだった。
「ふむ、交渉術か……。なら、エルンに使ってみればいいのではないか?彼はすごく大人びていて、真面目な性格だった。今後、良い交渉相手になるかもしれないぞ」
「エルン様はそういう交渉相手ではありません。それに、彼は真面目ですけど……、あれを大人びているとは言えません」
彼が真面目なのは否めない。
ただ、馬車での彼はあくびをこぼし、私の膝で眠りにつき、起きたときにはまたあくびを零す始末だ。これでは大人びているというより、子供っぽいの方が彼を正確に表している。
きっと、アレクシスが居る真面目な席であるなら、寡黙で愛想よくできるのだろうけど、大人であるなら、私といるときでも、もう少し距離感をわきまえて欲しい。彼の近い距離感にどうしてか、胸がざわついてしまうから。
……それでもまあ、今は少し距離があるのだけれど。
——気づけば、我を忘れてそんな愚痴を並べてしまっていた。
ふと顔を上げれば、セレーネもアレクシスも、どこか面白そうに私を眺めている。
「へー、随分とエルンに詳しいのね。……だから、お父様の手鏡を渡したのかしら」
「ど、どうして、知ってるのですか」
「昨夜のディナーのときに、エルンが『良い医師が見つかった』と嬉しそうに話をしていてね。そのときに手鏡を見せてもらったんだ。随分と使い込んだものを渡したみたいだな」
「そ、それは、たまたま必要になっただけで……!それに、貸しただけで渡したわけでは……!」
思わず声を張り上げる私をよそに、セレーネはいたずらっぽい笑みを深めた。
「あの手鏡、ずっと大事にしていたものね。——お父様が渡した時の言葉、覚えてるかしら」
「……覚えてません。昔のことですし」
「『これを私だと思って大事にしなさい』と言ってたのよ。……エリシアもそういう気持ちだったのかしら?」
「そ、そんなわけありません!」
反射的に否定した私に、セレーネはくすりと笑みを零した。その笑みは昔のからかってくるときの表情と変わらない。私の反応を楽しんでいるようだった。
「やっぱり、あなたをからかうのは楽しいわね。——それでは、長く話してしまったし、そろそろお暇しましょうかしら」
一瞬の沈黙のあと、セレーネは懐かしい笑みを少し真面目な表情にして、口を開いた。
「王命の件、頼んだわよ。——まずは医師として、この地の疫病を調べなさい。そして、再発がないように適切な薬を作りなさい」
その言葉は重く、強く、確かな響きを持っていた。
セレーネが朗らかに表情を崩す。その表情は厳かに王命を言い渡す貴族というよりも、私の姉として見守るような優しさが孕んでいるように見えた。
「ええ、頑張ります」
それに私も笑みを返す。少しばかりの和やかな雰囲気がどことなく、心地よかった。




