13.
セリンに案内され、私たちは奥まった客室へと通された。
壁には余計な装飾はなく、それでも清潔で落ち着いた空気が漂っている。
セリンが去り、扉が閉じられると同時に、父と姉は我慢していたかのように視線を私へ向けた。
「それで、ルナード邸で何があったのかしら」
姉のセレーネはセリンが用意してくれた紅茶を軽く口に含み、早々に口を開く。
その目は鋭く、単に「婚姻を破棄されました」と、簡単な結末だけを求めているものではなかった。
「私の不甲斐なさゆえですが……」
そう前置き、私はルナード邸で起こった事の顛末を話した。三年前、王都のフィオレン家を出てから、婚姻を破棄され、フォルセイン領に来ることになった今までのことを。
その一つ一つは確かに、断片的な思い出のはずだ。それなのに、言葉に出していけば、じわじわと聖女に壊されていった日々が鮮明に浮かんできて、まるで呪縛のように胸を締めつけてくる。それが酷く恐ろしいのか、醜いのか、なぜだか語る唇は震えていた。
「ほう……。そんなことが……」
話し終えると、父、アレクシスは険しい顔つきでため息をこぼしていた。それをつついたのはセレーネだ。
「確か、婚約を申し出たのはカリスの方からだったでしょう?無責任すぎるのではないかしら」
「多分、最初は薬学に精通した嫁が欲しかったのだろうが、聖女の権力が強くなって、そちらに乗り換えたのかもしれないな」
「つくづく、嫌な貴族ね」
セレーネは紅茶にまた一口、口を付けるとため息をついた。
「まあ、エリシアにとっては良かったんじゃない?フォルセインに医師として迎えられて、薬学の知識も生かせるでしょうし」
「でも、親孝行は出来てません」
エルンにも言った弱音を反芻するように口に出してしまう。
——フィオレン家は裕福だ。それに、セレーネは王太子と婚姻を結んでる。だから、私は薬学に耽けることが出来たし、医師会のあるルナード領に嫁ぐことが出来た。
でも、そういう自由はアレクシスの築いた地位とセレーネの築く将来でできていて、私が彼らに何かをしたことはなかった。結局、親孝行を出来ていないのだ、私は。
「親孝行なんて、姉に任せればいいのよ。あなたはあなたで、好きに過ごせばいいじゃない」
それに異議を唱えるように、セレーネは軽やかに肩をすくめて、私を見やった。
「そうだ、お前まで背負う必要はない。セレーネには王太子殿下との婚姻もある。家の将来は安心して任せられるからな。エリシア、お前は自分の道を歩めばいい。それが一番の親孝行だ」
アレクシスも頷き、どっしりとした声で続けた。
その言葉は優しかった。しかし、私の胸の奥では安堵と同時に、どうしようもない焦燥が膨らんでいく。
——このまま「守られるだけの娘」でいていいのか。
「……でも、その道を歩むためには、まずは結果を残さなければ」
ぽつりと零した声は、自分でも驚くほど強かった。
それにセレーネが「随分と卑下するのね」とつぶやき、目を細め、ふっと笑う。
「あなたがそこまで言うなら、ちょうどいいわ。……実は今、フォルセインには王命で来ているの」
「……王命ですか?」
「そうよ。あなたはルナード邸に居たから分からないかもしれないけれど、最近、聖女の権力が少しずつ弱くなっていて、その発端になったのが、このフォルセイン領の疫病なの。それの調査と再建の計画を頼まれていたのだけど……」
「私のお願い、頼まれてくれるかしら」
セレーネは紅茶のカップを指で軽く叩き、いたずらっぽく、にこりと笑みを見せる。
その笑みは、どうにも私の返事を決めてしまっているようにも思えた。




