1.
「今晩の舞踏会はリディアと出ることにした。それでもいいだろう、エリシア=ルナード」
私の夫——カリス=ルナードは、私の名前を呟くよりも前に、その令嬢の名前を嬉々として言った。
それは確かに悲しいことのはずなのに、私はただ淡々と言葉を返すしかなかった。それも、肯定の。
「ええ、構いません……」
嫌と言えばよかったのに。
気丈に笑えばよかったのに。
ただ、口から零れたのは、無責任な肯定の言葉だけだった。
「いいってよ、リディア嬢」
「嬉しいわ!カリス様」
私が返すと、すかさず彼は隣の令嬢に向き直った。
カリスの甘い声に呼応するように、リディアもまた甘い声で返事を返す。
昔の私ならリディアのように媚びた声で返事のひとつでもしたのだろうが、彼の振る舞いに嫉妬して怒るほどの愛情など、とうの昔にすり減っていた。
彼女、リディア=ヴェルクレアが聖女として、カリスの下を訪れたのはもう三年も前のことだった。
その頃の私とカリスはまだ、初夜を迎えたばかりだった。王都から来た私をよく労ってくれていたし、私も彼の期待に応えようと、毎晩愛し合うくらいには、まだ愛情があったと言えた。
それでも、日を重ねるに連れ、夜の誘いが減るに連れ、愛情も減っていくもので。
最初は倦怠期だと、彼は疲れているだけなんだと、なんとも思ってないフリをしていたけれど、現実は違った。
カリスとリディアは私の知らないところで逢瀬を重ねていたのだ。それも、寝室のすぐ横の客室――今この会話をしている、この部屋で。
私がそれを見つけてしまってからというもの、カリスたちの行動は、開き直ったように、激しくなった。
1年ほど前から、リディアは客人として来る回数も増えたし、それに最初は秘密裏に重ねていた逢瀬も、やがてこうして、大胆に見せつけるようになった。
しまいには、舞踏会を二人で出るようになってしまう始末。
彼らの世界には、社会の評価なんて関係ないのだろう。
まあ、こうしてカリスを許して、未練を残している私の責任でもあるわけだけど。
「それじゃあ、行こうか。リディア嬢。今晩は君のために特別なドレス用意したんだ」
「あら、本当!そんなサプライズをしてくれるなんて、カリス様大好きだわ」
「ああ。私も大好きだよ。……ここでは目が厳しいな。続きは寝室で、だな」
「ええ、そうしましょう!エリシア様、それでは~」
リディアはカリスの腕を掴み、寝室へと向かっていく。
……最近の彼らのスキンシップ具合は度が過ぎているように感じる。
それでも、彼に何も言えないのは、私がまだ未練を残しているのか、それとも未だに幻想を夢見ているのか……。
そんな邪な考えはやめよう。
頭を振って、雑念を払う。今晩の夜更けは深い。私はその足を自分の居場所へと向けた。




