第二話 「聖女の選択」
――勇者パーティの空気は、日に日に重くなっていた。
「カインがいなくなって、やっと楽になったな」
軽口を叩いたのは斧戦士のガルドだ。
だが、その言葉に笑う者は誰一人いなかった。
むしろ、焦燥が広がっていた。
勇者ジークは眉間に皺を寄せたまま、地図を睨みつけている。
炎術師や氷術師も、魔法の調子がどこか乱れていた。
――エリナは黙ってその光景を見つめていた。
(おかしい。みんなの力が、明らかに落ちている……)
それは当然だった。
気づかぬうちに、カインの〈魔力記録〉による“支援”を受けていたのだ。
誰も認めはしなかったが、彼は確かに戦場を支えていた。
「ジーク様」
「なんだ、エリナ」
「……私、やはりカインを追放したのは間違いだったと思います」
真剣な表情で告げたその瞬間、空気が凍りついた。
「何を言っている」
「彼は“無能”ではありません。あの人がいてくれたからこそ、私たちは幾度も危機を切り抜けられた。そうでしょう?」
「黙れ!」
ジークが机を叩き、声を荒げた。
その勢いに、エリナは唇を噛みしめる。
「勇者は俺だ。俺が不要と判断した。それがすべてだ!」
「……そうですか」
エリナの胸の奥に、深い失望が広がった。
かつて憧れた勇者の姿は、もうそこにはなかった。
◆◆◆
夜、エリナは一人で教会に籠り、祈りを捧げていた。
ステンドグラス越しに差し込む月光が、彼女の白い横顔を照らす。
「……カイン。あなたは今、どこにいるのですか」
胸に手を当てると、静かな温もりが広がる。
それは、カインと共に歩んだ日々の記憶。
笑顔、言葉、背中。すべてが彼女の心を占めていた。
「私は、あなたを信じています」
その囁きは、祈りを超えて誓いになっていた。
◆◆◆
翌朝。
勇者パーティは討伐に向かう予定だったが、エリナの姿はなかった。
「……あの女、抜けたのか!?」
「信じられん、聖女まで……!」
仲間たちの動揺が広がる。
ジークは怒りに顔を歪め、拳を震わせた。
「裏切り者め……! カインの元へ行ったか……!」
その叫びは、図らずも真実を突いていた。
◆◆◆
森の道を抜けた先。
エリナはついに、その姿を見つける。
「……カイン!」
焚火の前で古文書を広げていた青年が、顔を上げる。
その隣には、王女リディアが座っていた。
「エリナ……どうしてここに?」
「私も……あなたと共に行きます」
涙をにじませ、まっすぐに告げる。
カインは戸惑い、リディアは微笑を浮かべた。
「ふふ、やっぱり来ましたね。あなたも彼の力に気づいていたのでしょう?」
「ええ。誰よりも、あの人を必要としているのは私ですから」
二人の女性の視線が交差する。
静かな火花が散った。
「ま、待ってくれ。僕なんかのために……」
「“なんか”じゃありません!」
エリナが声を強める。
その瞳には決して揺るがない意志が宿っていた。
「カイン。あなたは勇者パーティにとっては無能かもしれない。でも、私にとっては……たった一人の支えでした」
「エリナ……」
その言葉に、心の奥が震える。
誰も認めてくれなかった力を、二人の女性が信じてくれている。
――孤独だった日々は、もう終わったのだ。
◆◆◆
その夜。
三人で焚火を囲みながら、カインは決意を語った。
「僕は……もう逃げません。勇者たちがなんと言おうと、〈魔力記録〉の力で必ず道を切り開いてみせる」
「ええ、共に参りましょう」
「私も……あなたと一緒に」
王女と聖女。
かつて手の届かない存在だと思っていた二人が、今は自分の隣にいる。
胸に熱い炎が宿る。
追放された“最弱従者”の物語は、ここから始まるのだ。
そのとき、森の奥で不気味な咆哮が響いた。
「グオオオオオ――!」
大地を揺らす巨躯。
現れたのは、鋼の鱗を持つ巨大な竜だった。
「っ、こんな魔獣が辺境に……!?」
「カイン様、危険です!」
二人の声を背に、カインは一歩前に出る。
恐怖はあった。だが、それ以上に燃え上がる決意があった。
「……試してみよう。僕の力を」
手をかざした瞬間、〈魔力記録〉が眩く輝き出す。
かつて勇者が放った“雷撃”の記憶が蘇る。
「来い――雷霆!」
轟音と共に稲妻が走り、竜の巨体を貫いた。
「す、すごい……!」
「本当に、勇者を超えてしまうかもしれませんね」
リディアとエリナの声が震える。
カインは荒い息をつきながらも、静かに微笑んだ。
「僕を追放したのは……あいつらの最大の失策だ」
焚火の炎が大きく揺れ、三人の影を照らし出す。
こうして“最強パーティ”の原型が、生まれようとしていた。
(第二話・完)




