第十話 「聖女の祈り」
王都の大広場での戦いから数日。
僕たちは再び辺境の拠点に戻っていた。
だが今や、状況は大きく変わっていた。
王女リディアが「従者カインを伴侶として選ぶ」と民衆の前で宣言した。
その光景は瞬く間に国中に広まり、王国を揺るがすほどの衝撃となっていた。
「……王都の情勢は荒れています」
拠点に戻った僕らの前で、セシリアが報告を口にした。
「民衆は殿下の宣言に歓喜し、従者殿を英雄と呼んでいる。一方で、貴族派閥は激しく反発している」
リディアは眉を寄せつつも、毅然とした表情を崩さなかった。
「どれだけ反発されても構いません。私はもう決めたのですから」
その強さに、僕は胸が熱くなった。
だが、その一方で――エリナの表情にはわずかな翳りがあった。
◆◆◆
夜。
拠点の礼拝堂にて、エリナは一人で祈りを捧げていた。
蝋燭の炎が小さく揺れ、ステンドグラスから射し込む月明かりが彼女を照らす。
「……神よ。どうか、この国を……そして、カインをお守りください」
その声には切実な想いがこもっていた。
彼女はずっと僕を信じ、共に歩んでくれた。
けれど、王女の「伴侶宣言」がすべてを変えてしまった。
「……私は、どうすればいいのでしょう」
声が震える。
彼女の心には葛藤があった。
“従者を信じる仲間”としての気持ちと、それ以上に抱いてしまった想いとの狭間で――。
そこへ、扉の軋む音が響いた。
「エリナ……」
振り返ると、僕が立っていた。
彼女は慌てて立ち上がるが、その頬は赤く染まっていた。
「カイン……どうしてここに?」
「君が一人で祈っているのが見えたから」
僕は近づき、彼女の前に立った。
「……ありがとう。ずっと支えてくれて」
その言葉に、エリナの瞳が潤む。
「私は……ただ、あなたの力になりたかっただけです。無能だなんて言われていたあなたが、どれだけ必死に仲間を守ろうとしていたか……私は知っていましたから」
エリナの手が震えていた。
僕はそっとその手を取る。
「エリナ。君がいたから、僕はここまで来られたんだ」
彼女は一瞬だけ目を伏せ、そして小さく笑った。
「……リディア殿下があなたを選んだのは、当然です。あなたは、それほどの人だから」
そう言いながらも、その声には痛みが滲んでいた。
「だけど、私は――」
その言葉を遮るように、礼拝堂の外から叫び声が響いた。
「魔獣襲撃だ! 北の砦が突破された!」
◆◆◆
僕たちはすぐに外へ飛び出した。
辺境の村を取り囲むように、黒き魔獣の群れが押し寄せてきていた。
その背後には、例の黒衣の魔導士たちの姿があった。
「また奴らか……!」
「今度こそ仕留めにきたのね」
リディアが剣を構える。
「エリナ、支援を頼む!」
「……はい!」
彼女は深く息を吸い、両手を掲げた。
次の瞬間、強烈な光が広がり、村全体を覆う結界となる。
「これが……聖女の本気……!」
セシリアが目を見張る。
「カイン! 私の祈りを力に変えて!」
エリナの声が響く。
僕は頷き、〈魔力記録〉を解放した。
光の軌跡を写し取り、剣に宿す。
「――蒼刃、解放!」
剣が眩く輝き、無数の魔獣を一閃で切り裂いた。
炎も雷も氷も、すべての軌跡を重ね合わせた一撃。
「グオオオオオッ!」
咆哮を残し、魔獣たちは灰となって崩れ落ちた。
◆◆◆
戦いが終わり、夜空に静寂が戻る。
村人たちは歓声を上げ、仲間たちが僕のもとに駆け寄った。
「やりましたね、カイン様!」
「ふふ、さすが私の伴侶だわ」
リディアが誇らしげに微笑む。
だが、その横でエリナはそっと目を伏せていた。
「エリナ……」
「大丈夫です。私は……あなたの祈りを支える聖女ですから」
彼女は静かにそう告げた。
それは仲間としての誓いであり、同時に――自分の想いを胸に秘める選択でもあった。
彼女の祈りは、確かに僕の力となった。
だが、その微笑みの奥にある痛みに、僕は気づかずにはいられなかった。
(第十話・完)




