おねがい
ああ、だめだ、涙腺が崩壊する──!
うりゅうりゅになってゆくノィユの視界で、きらきらになったヴィルが、驚いたように鋭い藍の瞳を見開くのが、もしゃもしゃの雪の髪の向こうに見えた。
「……いや……きみが……爺は……いや、だろうと……」
「はァア──!?」
ごめんなさい、ごめんなさい!
めちゃくちゃ素が出た!
ヴィルだけじゃなく、両親までぽかんと口を開けてる。
出てしまった素は仕方ない。
それに伴侶に採用してくれるかどうかの大事な場面だ。
よそゆきのお坊ちゃまみたいなノィユじゃなくて、ほんとうの僕を見てもらったほうが、きっといい。
振られたら、胸が裂けて壊れるけど。
三日三晩は、号泣するけど。
よい子を演じる僕ではなく、ほんとうの僕で、拳を握る。
「ヴィルさま、めちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃかっこいーです! 今まで見てきたすべての男のなかの頂点に君臨するイケメンとイケボです! 最高です! こんな僻地で砦となって国を守ってくださるヴィルさまには尊敬しかありません!」
燃える頬で、ノィユは大きく息を吸う。
「僕は、あなたの伴侶に、なりたいです!」
叫んだ!
藍の瞳が、まるくなる。
もしゃもしゃの雪の髪が、揺れた。
「……っ」
耳まで紅に染まったヴィルが、大きな掌でちいさな顔を覆う。
「……その……3歳の子が、餓えていると、聞いた、から……支援、する、つもり、で……」
「………………え?」
……伴侶じゃ、なかった?
僕、勘違い?
先走った?
情けない、恥ずかしい、顔が燃える。
のといっしょに、涙がどんどん溢れてく。
「……ぼく、は……ヴィルさまの、おこのみ、では……ありま、せん、か……?」
くしゃくしゃの泣き顔で、ヴィルを見あげる。
逢ったばかりだ。
人となりなんて、何も知らない。
そのもしゃもしゃの髪と、輝くかんばせと、あまく掠れる声を知っているだけ。
赤くなる頬と、やさしい瞳を知っているだけ。
それなのに
鼓動が裂けて
吐息が駆けて
あなたしか、見えなくなる
きっと、これを、恋というのです
あふれる涙で、裂ける胸で、ヴィルを見あげる。
こぼれおちてゆく涙に、きらきら輝くヴィルに、また胸が痛くなる。
「……ヴィル、さま……」
恋にかすれる、あまい声が、あなたを呼んだ。
茫然としていたヴィルが、そっと伸ばした指で、ノィユの頬を伝い落ちる涙を拭ってくれる。
長くしなやかに見える指は、ゴツゴツだった。
厳しい鍛錬に明け暮れているのだろう、剣を握るために変形した手だ。
積み重なる努力の手だ。
「……きみは……ほんとうに……俺の、伴侶、に……?」
ちいさな声に、顔をあげる。
もしゃもしゃの髪の向こうで、いつもは鋭いのだろう藍の瞳が、揺れている。
「どうか、僕を、あなたの伴侶に、してください」
こんな哀願をするなんて、自分のことだと思えない。
ぼんやりある前世の記憶でも恋人がいたことなんてなかった。
恋愛なんて、自分から一番遠いところにあるものだと思ってた。
なのに、唇から思いがこぼれる。
みっともなくて、情けなくて、恥ずかしい、でも必死な、恋しい人を離したくない気持ちが、あふれてく。
すがるように伸ばした手を、ごつごつの手が包んでくれた。
「……ありがとう」
ちいさな声は、ふるえてた。