ありえなかったよ
「わあ、ありがとうございます、ネニさま! 僕もとってもうれしいです! もしよかったら、明日も本のおすすめ、よろしくお願いします!」
はじける笑顔のノィユに、ネニも一緒に笑ってくれる。
「わ、わかった。僕、がんばるね!」
胸を叩いてくれるネニが、やさしい。
バチルタ家が本を窃盗しなかったことを確認しなければならないのか、図書館の正門まで送ってくれたネニが、勤務あがりに図書館に寄ってくれたトートの馬車に目をむいた。
「ネァルガ家……!?」
あわてて礼をとるネニと一緒に、バチルタ家もそろった礼を見せると、馬車から降りてきたトートが笑った。
「めちゃくちゃそろってる」
「今日、熟達したんですよ!」
にこにこするノィユと両親に、トートが楽しいものを見る目になってる。
「こんにちは」
トートに微笑まれたネニは目をみはる。
高位貴族は発言を許す場合、軽く手を挙げるのがほとんどだ。
声をかけるとか微笑んでくれるなんて、破格の待遇といって間違いない、らしい。高位貴族になんてご縁のないノィユも両親も聞いたことしかないけど!
「こ、こここんにちは! ネァルガ家ご当主トート・ネァルガさまにご挨拶申しあげます、ネニ・ポーテにございます」
緊張したのだろう、ふるえる口上とカチカチの礼に、トートの笑みが深くなる。
「今日はお迎えに来ただけなんだ。おかあさまによろしくね」
「は、はい! 母にまでお言葉、ありがとうございます!」
うやうやしく頭をさげたネニが、茫然とバチルタ家を見つめる。
「……トートさまが、お迎え、に……?」
国の最高峰たるネァルガ家当主が、借金まみれ最底辺バチルタ家を迎えに来るなんて『目の前でノィユがヴィルに、ちゅうしても、エヴィが無反応』なくらいの事態だ。ありえなさすぎる。
「も、ももももも申しわけございません、出退勤のついでに図書館に寄ってくださるというお言葉に甘えてしまい……!」
ありえないことでした、ごめんなさい!
「通り道だから、気にしないで。じゃあ帰ろうか」
微笑むトートが、スパダリだ。
「あ、あああありがとうございます……!」
今更ながら分不相応すぎることに気づいたノィユと両親がカタカタして、トートが楽しそうに喉を鳴らしてる。
「分不相応を自覚しました、ごめんなさい」
馬車に乗りこんで一番下座を死守して頭をさげるノィユと両親のそろい具合に笑ったトートが首を振る。
「いいよ。だってノィユ、僕のお義兄さんってことでしょ?」
「きゃ──!」
びっくりした!
両親もあんぐりしてる。
声をたてて笑ったトートは、ふわふわの栗色の髪を揺らした。
「図書館で収穫はあった?」
トートがびっくりするほどえらい、で色々吹き飛んだけど、図書館で頑張ってお勉強したのでした!
「領地を復興させるため、僕、めちゃくちゃ頑張ります!」
「ノィユについてゆきます!」
母が拳をにぎって、父も拳をかかげてくれる。
「へえ! かわいーだけじゃないんだね」
トートの栗色の瞳が楽しそうにひらめいた。
ここって『えへへ、かわいーって思ってくれるんですね、うれしいです』?
『いえいえそんな』?
『もったいないお言葉、ありがとうございます』?
ヴィルもロダも隣にいてくれないよ。
わからない!
ときは、微笑んで、かるく頭をさげておこう。よし!
「あ、そうだ、トートさまは、お金持ちですよね?」
ノィユの言葉に、きょとんとしたトートが警戒するように眉をあげる。
「まあまあね。援助はしないよ」
先制パンチにノィユは笑った。