ごほうび?
「……36歳だ。孫がいてもおかしくない」
低く掠れるのは、腰に響くイイ声だった。
イケメン + イケボ = 夢の二次元クオリティだよ!
なんだこれ!
ごほうびか!
ネメド王国では18歳で成人するから、それを2代続けると確かに孫ができるけど! 皆、成人するとさっさと結ばれて子作りに励むから、あるあるだけど!
ないわー。
36歳でおじいちゃんとか、ほんとに孫がいる人はどうぞ『じぃじ』呼ばれてデレデレしてくださいだけど、そうじゃない30代全員に全力で謝れ──!
心のなかで絶叫したノィユは、想像していたおじいちゃんの百万倍は優にかっこいい、というより今までかつて見たなかで最もかっこいいヴィルを見あげる。
「は、はじめまして、ヴィルさま、ノィユ・バチルタにございます」
右手を左胸にあて、膝を折り、足を引く。
初対面の挨拶が一番大切だと、母が教えてくれた礼を身体に叩き込んだノィユの唯一の一張羅の白い衣がひるがえる。
「我がバチルタ家は今にも沈む舟、今宵の糧にさえ困る有様の家でございます。どなたもこのような泥船には手を差し伸べてくださいません」
訥々と告げるノィユに、両親の眉がハの字になってる。
ごめんよ、真実だ。
「ヴィルさまだけが、僕をもらってくださり、日々の糧をお与えくださると伺いました。そのお気持ちは、僕をご覧になっても、お変わりありませんか……?」
『こんなみっともないガキだと思わなかった』
『ひとのことをジジイとか言いやがって』
『帰れ、帰れ!』
言われることも覚悟した。
失言してしまったのもあるし、このみに合わないって、あるよね。
一応、形だけでも伴侶にするのに、合わない人って無理でしょう。
政略だとそんなことも言っていられないけれど、ヴィルは餓えた3歳の子どもを憐れんでくださっただけだ。何の義務も義理もない。
バチルタ家は真剣にやばい。
『やっぱ、やーめた』となっても当然だと思う。
長身を折りたたむように屈んだヴィルが、ノィユの瞳を覗き込む。
「……紫……」
ちいさな声だった。
瞬いたノィユは頷く。
「はい、あの、魔物じゃないです。ちゃんと、母と父の子どもです」
生まれた子の紫の目にびっくりした両親が、絶対間違ってないけど念のためにと魔法で血統鑑定をしてくれたから、間違いない。両親も隣でこくこくしてる。
紫の目は、人ならざる者と呼ばれることもあるという。
あまりいじめられたことはなかったし、『精霊の瞳』なんて褒めてくれる人もいたから気にしてなかったけど、気になる人もいるだろう。
今にも潰れそうな家なうえに、魔物の目を持つ子どもを伴侶に迎えるとか、やっぱりないよね……!
「……僕は……だめ、で、しょうか……」
情けないけど、すんと鼻を啜ってしまった。
今日のご飯が遠のいたからじゃない。
ヴィルに、きらわれてしまったのかもしれないことが、胸を裂くように痛い。
「……僕は、ヴィルさまの……おこのみ、では……ありま、せん、か……?」
潤んでゆく瞳で見あげるヴィルの藍の瞳が、揺れた気がした。