愛しかない
ぽくぽく軽やかな蹄鉄の音をたてて、地上をふつうに駆けてくれる馬さんに、ノィユは思わずほっとしてしまった。
飛んでない。
胃がひっくりかえらない。
うれしい。
いや、ツーとホーはめちゃくちゃ可愛くて、ものすごく頑張ってくれたけど!
めちゃくちゃありがたいけど!
ごめんよ!
思わず泣いて謝ってしまった。
向かいの席で、すべてを理解したようなロダがにこにこしてる。
「詐欺じゃないって言うんだよね?」
エヴィの追及は真剣だ。
最愛の兄に寄ってきた借金まみれ伴侶なんて、あやしさ全開どころか斬って捨てたいレベルだと思う。
ほんとうに申しわけない。
それでもヴィルの伴侶は譲れない!
発言の許可を貰ったものとして、ノィユは深くうなずいた。
「僕は、誠心誠意ヴィルに、ヴァデルザ家にお仕えし、その繁栄に貢献したいと心から願い、尽力するつもりです」
「お兄さまを下位貴族が呼び捨てにするなんて! きぃいいいイイ──!」
ハンカチを噛むエヴィに、トートがちょっとうれしそうだ。
エヴィの最愛のヴィルに伴侶ができてうれしいんですね、わかります。
ロダがによによしてる。
「俺が、呼んで、ほしいと、言った」
ほんのり朱いまなじりで告げるヴィルに
「ぎぃいいぃイィイイ──!」
愛くるしいエヴィのかんばせが、すさまじいことになってる。
「エヴィ、お義兄さまの御前だから、その顔は」
トートに、ぽふぽふされたエヴィが
「は!」
あわあわ天使なかんばせに戻った。
ロダの肩が、ふるえてる。
「……俺は、見慣れて、るけど。変わらない、トートに、ありがとう」
ヴィルは見慣れてるんだ!
「い、幾らお義兄さまとは言え、僕のほうが家格が上なのですから、呼び捨てにするなんて……!」
真っ赤な耳で抗議するトートの声がちいさくなる。
「……うれしぃ、じゃ、ないです、か……」
デレた!
ロダがによによして、エヴィの唇がとがる。
「トートも、お兄さまがすきなんじゃん」
「ぐ──!」
否定しないよ!
「ちょっとそこの! によによしてないで、どうして借金がすさまじいことになったのか、ちゃんと説明しなさい!」
火の粉が戻ってきた!
わたわたしたノィユは、慌てていずまいを正し、バチルタ家の借金事情を説明した。
「あんぽんたんなの?」
エヴィの感想に、バチルタ家一同で、うなだれる。
「……誠に、申しわけございません……」
家族皆で、頭を下げた。
「まあでも親友のくだり以外は、情状酌量があるかなあ。あんぽんたんだけど」
あんぽんたん光線に刺された両親が泣いてる。
「お兄さまに借金の迷惑は掛けない、ヴァデルザ家の財産目当てじゃないっていうのが、きみたちの主張?」
「……え、えと、あの……ご飯を食べさせていただけるということで、大変、大変に喜んでしまいましたが……」
涙目な母が、真実を語ってる。
「お、お肉を恵んでくださって、あまりの歓喜に号泣しました。そ、それは財産狙いということになってしまうのでしょうか……!」
父も泣いてる。
「最初は僕、ご飯を食べるために、身売りするつもりだったんです、ごめんなさい──!」
ノィユも深々と頭をさげる。
あんぐり口を開けそうになったエヴィとトートが、慌てたように口を押さえた。
「ヴィルにお逢いした後は、愛しかないです!」
拳をにぎって宣言した。
頭のうえで、ヴィルの耳がほんのり赤くなってる。かわいい。




