なかよし伴侶
「エヴィ!」
大きな邸から駆けてきたのは、執務を途中で放りだしてきたような装いの青年だった。
ふわふわの栗色の髪に彩られた栗色の瞳が、頼りなさそうに揺れている。
「お義兄さま、無事のご到着……? 心よりお喜び申しあげます」
鋼鉄の馬車が、ボコっとしてるのを見て『無事なのかな?』心配そうに下がった栗色の眉に、ヴィルが微笑む。
「魔物が、ブチ当たって、ちょっと、凹んだ」
「よくあることですから」
ヴィルとロダの微笑みに、真っ青になった青年がカタカタしてる。
「馬はご用意しております。エヴィに習って、お義兄さまの白馬のお世話をさせていただきますので、すぐ王都に向かわれますか?」
にこやかに促す青年に、エヴィが蒼い目をむいた。
「なんてこと言うの、トート! お兄さまが来てくださったんだよ!? ひと月はご歓待でしょ!?」
「そ、それは……だ、だって、エヴィがお義兄さましか見なくなる、から……」
もごもごつぶやくトートの、ふわふわの栗色の髪まで、しょんぼりしてる。
「僕はいつだってお兄さましか見てないよ!」
キリっとしてる。
「断言した──!」
トートが泣いてる。
「立ち話もさみしいですから、中に入れていただけませんか?」
微笑むロダが仕切ってる。
「あ、ああ、そうだね。失礼をいたしました。我が名はトート・ネァルガ。ネァルガ家当主です」
微笑んで手を差しだしてくれるトートに、ノィユも両親も跳びあがる。
貴族になったら真っ先におぼえなさいな貴族の最高峰、高位貴族の一角、ネァルガ家!
「お、お初にお目にかかります、ネァルガさま、ノィユ・バチルタにございます」
「バチルタ家当主、ノチェ・バチルタにございます」
「ノチェ・バチルタの伴侶、ノィユの父、ユィクでございます」
一緒に膝を折る両親も、真っ青になってカタカタしてる。
「ああ、どうぞお気を楽に。ネァルガは高位のなかでも底辺ですから」
いやいやいや、最底辺の下位貴族が、高位貴族のしかも当主にお目にかかるなんて、ないから!
王家主催の舞踏会でも、陛下や高位の方々を遠くから拝謁するだけだ。
近づくだけで不敬になったりする。こわい。
そのすんごい人が、目の前に!
ぷるぷるするノィユと両親に、トートは目を伏せた。
「……僕は身分でエヴィを手に入れた、卑怯者、なんです……」
ちいさな声に、エヴィが澄んだ蒼の目を吊りあげる。
「そんなこと言うトートなんか、大きらい!
それじゃ僕の意志なんて、どこにもないみたいじゃないか!」
ぷっくりふくれるエヴィの顔が赤い。
ロダがによによしてる。
ヴィルは、微笑ましいものを見るように、やわらかに目を細めた。
「弟を、大切に、してくださって、ありがとう」
ヴィルの言葉に、トートが跳びあがる。
「いえ! ぼ、僕の伴侶、ですから!
お義兄さまに礼を言われることなど、何も──」
「お兄さまと張り合うトートも、大きらい! 勝てるわけないじゃん!」
ぷっくり膨れるエヴィの目が、本気だ。
「エヴィ──!」
トートが泣いてる。本気だ。




