絶対零度
想像を超えてきた魔の森にカタカタふるえるノィユと両親に、ヴィルが心配そうに眉をさげる。
「びっくり、した?」
こくこくこくこくうなずいたノィユは、ヴィルとロダを見あげる。
「尊敬しかないです!」
叫ぶノィユと一緒に、両親もこくこくこくこくうなずいてる。
王都から北の最果てのヴァデルザ家領へ向かうには、馬車が通れる道をゆき、魔の森を大きく迂回するので、馬車を乗り継いで三月掛かるという。
冬になると雪が高く降り積もり、行くことさえできなくなるらしい。
が。
ツーとホーが魔の森をブチ抜いて、ものすごい速さで駆けてくれたので、王都の近くまで3日で着いた。
「す、すごすぎる……!」
拍手するノィユと両親に、ツーもホーも誇らしげにブルルルしてる。
「王都まで連れてゆくと大騒ぎになるので、今回はこちらでツーとホーを見てもらって、馬を変える予定です」
微笑んだロダが、春の朝陽のなか王都近郊にある広大な邸宅の前まで馬車を進める。
ツーもホーも慣れたように、魔の森を抜けると地上をのんびり駆けてくれた。
ちょっと安心した。
胃もちょっと休まったみたいだよ。
ジェットコースターは5分だと楽しいけど、72時間連続は死んじゃうから。
でもまだちょっと目がぐるぐるしてる。
心配そうに頭をなでなでしてくれるヴィルが、天使だ。
馬車を邸宅の前まで乗りつけ、颯爽と降りたロダが、庭園の前にそびえる門扉を守る衛士に、にこやかに告げる。
「ヴァデルザ家当主ヴィルさま、ご到着にございます」
「お待ちしておりました、どうぞ中へ」
巨大な、どう見ても馬じゃないツーとホーと、ちょっとボコっと凹んだ鋼鉄の馬車にびくびくしながら、衛士たちが開門してくれた。
鈴の音が響き、鋼の門が開きゆく。
噴水が透きとおる飛沫を振りまく前庭の向こうで、大きな飴色の扉が開いた。
「いらっしゃい、お兄さま!」
かろやかに駆けてくる青年の、陽の光を溶かしたような長い髪が春風に流れる。
空を映した蒼の瞳が、ヴィルを映してとろけるようにきらめいた。
しなやかにのびた手足を、細い腰を、風に舞う髪が彩る。
「わあ……!」
思わず歓声をあげてしまう。
まるで、精霊さんみたいだ。
ノィユに手を貸して馬車から降ろしてくれたヴィルに、駆けてきた青年が抱きついた。
「来てくれてうれしい! えへへへへ」
とろける顔でヴィルを見あげた青年が、隣のノィユを見た瞬間、表情を消した。
………………え……?
い、今、こ、こわ……
あわあわするノィユを、ヴィルが紹介してくれる。
「弟のエヴィ。伴侶を、もらった、ばかりで、18?」
「うん!」
赤い頬で兄のヴィルを見あげるエヴィは、めちゃくちゃ可愛い。
温度でいうと、可愛さ沸騰の100℃くらいかな?
「こちらがノィユ・バチルタ。俺の、伴侶だ」
ヴィルが紹介してくれたノィユを見下ろすエヴィから、表情が消えた。
温度でいうと絶対零度な-273.15℃だ。
凍気を超えた殺気が見えるよ。
めちゃくちゃこわい。
気のせいじゃない。
後ろの両親も、カタカタしてる。