思ってたのと違う
「ブルルルン!」
「わー!」
ぱちぱち拍手していられたのは、最初だけだった。
ツーもホーもすごい。
ノィユの常識を斜め上に超えてゆく、すんごい魔物だ。
両親とノィユの拍手に気をよくしてくれたらしいツーとホーは頑張ってくれ、ものすごい速度で駆けてくれる。さらに、いつもより2割増しくらいで高く跳んでくれているらしい。
『取っ手にしっかりつかまっていろ』の意味が、ものすごくわかる。
すんごい高さにあがり、しばらくすると着地、またすんごい高さにあがる、が延々繰り返される。
馬車は衝撃が少なくなるようスプリングが頑張って仕事をしてくれているようだが、それでも、上がって下がる、を繰り返す。
胃が、胃が──!
せり上がってくるよ……!
目がまわる──!
「うげぇえぇえ……!」
酔う。
本を読むどころじゃない。
「ノィユ!」
あわてたように背中をさすってくれるヴィルがやさしい。
ああ、ふかふかのパンが! とろけるオムレツが! 崇高なお肉が……! も、もったいない……!
涙と一緒にげえげえするノィユの隣で両親も真っ青な顔で、吐きそうになってる。
ロダとヴィルは、ふつーだ。
ヴァデルザ家、すごい──!
しかし、こんなに爆走と跳躍を重ねる馬車に突っこんでくる魔物なんているのかな?
げえげえしつつノィユが首を傾げた瞬間
ドゴォオオン──!
凄まじい衝撃に、馬車が揺れた。
「あばばばば!」
悲鳴をあげそうになったノィユと両親が、必死で口を押さえる。
心配で身を乗りだしたノィユの前で、襲ってきた巨大な豚っぽい魔物を蹴散らしながら、ツーとホーが駆けてゆく。
「す、すごい……!」
ノィユと両親の拍手が復活して、ツーとホーがうれしそうにいなないた。
「あー、ちょっと魔物の群れ縦断になりましたね」
遠くまで見通すようにロダが目を細める。
「ツーとホー、問題、ない」
ヴィルの微笑みに応えるように、襲う魔物を踏みつける勢いで、ツーとホーが駆けた。
魔物の森とうたわれるだけあって、魔物がいっぱいだ。
車窓から見る景色というのは、のどかな田園風景だったり、街並みだったりして、こう、落ち着いた、優雅な気持ちになるものだと思っていたのだけれど。
今、ノィユの目の前で展開するのは、異界だ。
「キシャ──!」
巨大な蛇の魔物が口を開けて襲ってくるのは、まだ解る。
ツーとホーが踏みつけながら駆けてくれるのも、まあ解る。
のどかっぽく枝を伸ばしていた樹が
「ゴォオァアオ──!」
突然幹に顔ができて牙を剥いて襲い掛かってきたり
ちいさな可愛らしい花が咲いてると思ったら
「ギシャアァアアア──!」
すごい音とともにどう見ても毒液っぽい紫の飛沫を放出してきたり
「ウギャギャギャギャ──!」
でかすぎる猿みたいな巨大な魔物が襲ってくるから取っ手を強くにぎって、悲鳴をあげないようにこらえたら
「ウガゴゴォオオゴゴゴ──!」
後ろから迫ってきた岩山みたいな魔物が、猿みたいな魔物を捕食しようと岩石の散弾を飛ばしてきたり
「ウキ──!」
猿みたいな巨大な魔物が涙目でたすけを求めてるっぽかったり
「仕方ありませんねえ」
吐息したロダが馬車の扉を開けたと思ったら
ドゴゴォオァオオオンンン──!
岩山っぽい魔物が粉々に砕け散ったり
ヴィルがちいさく拍手して、一瞬で帰ってきたロダが照れくさそうに微笑んで扉を閉めたりしてる。
い、異次元なんですけど──!




