はじめての夜
「……ヴィルさま、あの……僕、3歳で……何にもできなくて、ごめんなさい……」
しおしおしょげるノィユを、怠ることなく鍛え続けたのだろう、たくましい腕が、抱きしめてくれる。
「俺こそ、おじいちゃん、で、ごめん」
「ヴィルさまは、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ、かっこいーです!」
ちっちゃな拳をにぎるノィユに、ヴィルが朱いまなじりで、照れくさそうに微笑んでくれる。
「ノィユ、は、かわいい。
だいじに、する」
やさしい声が、耳朶に降る。
あたたかなぬくもりに、ヴィルの香りに、つつまれる。
うっとり目を閉じたノィユは、そっと、ヴィルの背に腕を回した。
ちっちゃい手では抱きしめるというより、しがみついてるみたいだけれど、それでもきゅっと抱きしめる。
「……ヴィルさまが、だいすきです」
広やかな胸で囁いたら、抱きしめてくれる力が強くなる。
「さま、いらない」
「……え?」
「呼んで、ノィユ」
あなたに呼ばれる僕の名が、あまく、あまく、とろけてゆくように
僕が呼ぶあなたの名も、あなたの心を揺らすといい
祈るように、ささやいた。
「ヴィル」
瞳が、かさなる。
指が、からまる。
抱きしめて
抱きよせて
見あげる瞳に映るのは、あなただけ
そっと
そっと
ヴィルの唇が、おでこに降る。
ちゅ
あまやかな音をたてて、ぬくもりが、ふれる。
燃える頬で見あげたら、とろける藍の瞳で笑ってくれる。
はじめての夜に、はじめてのキスをもらいました。
「はにゃ──……!」
とろけて、くずおれるノィユを、ヴィルのたくましい腕が抱きとめてくれる。
「す、すまない、ノィユ、まだ、早かった?」
あわあわするヴィルに、ぶんぶん首を振った。
「うれしくて、熔けちゃう」
ぽふりと抱きついたら、安堵だろう吐息をこぼしたヴィルが、ちいさく笑う。
「……俺も」
ぎゅ、と抱きしめてくれるヴィルを抱きしめたら、きらきら月の光をはじくように、雪の髪から雫が降りてくる。
そっと指を伸ばしたノィユは、雫をまとう髪を指にからめて、微笑んだ。
「ヴィルの髪、乾かしてあげる」
えへんと胸を張るノィユに、瞬いたヴィルがすまなそうに眉を下げる。
「冷たかった? ごめん」
ふるふる首を振ったノィユはヴィルの真っ白な髪に手を伸ばす。
「ほわほわ!」
ほわほわほわ~
ノィユの手のひらから零れる温風が、ヴィルの髪を揺らした。
ぼんやり記憶のある前世のドライヤーが手でできる感じだよ。
チートな魔法とか、魔法の素質とか全然ないみたいだけど、ドライヤーはできる!
ちょこっと便利だ。
「………………え?」
ヴィルの藍の瞳が、まんまるだ。
「僕の魔法、変なんだよね? 母上も父上も、人前でしちゃいけませんって。でも、ヴィルは伴侶だから」
照れ照れ熱い頬で笑ったら、ヴィルの頬も赤くなる。
「……他にも、魔法を?」
「魔術書でちょこっと練習したことあるけど、両親が3歳で練習したらだめって」
ヴィルも頷いた。
「身体が、小さいうちは、魔力が、安定しない、んだ。危険だから、あまり、使わないほうが、いいと、言われてる。魔力の制御が、でき、なくて、暴走を、起こして、大変なことに、なることが、ある、から」
ぽつぽつ心配そうに話してくれるヴィルが、かわいー!
「……俺、話すの、下手で……解った?」
もっと心配そうになったヴィルに、あわあわしたノィユはぶんぶん頷く。
「わ、わかった!」
あわあわ魔法を止めたけど、ヴィルの髪は乾いたみたいだ。よかった!




