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三途の川のほとりでコンビニ店員始めました  作者: 雪途かす


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8/12

漆:奪衣婆と懸衣翁

 バイトの休憩中、店の周りが気になったので、店長の許可を得て少し散歩してみることにした。


 三途の川辺を進むと、あの船着き場が見えて来る。

 その手前に、大きくそそり立つ柳の木があり、その手前に二人の人影と、その少し向こうに死者が列を成しているのが見えた。


「あ、白鳥さんだ」


 二人の人影の一人は白鳥さんだった。

 もう一人は、黒いスーツ姿の、三十歳前後の男性。


 ゆっくり歩み寄りながら様子を窺うと、白鳥さんが、最前列の死者に向かってにこやかに手を差し出した。


「さぁ、お脱ぎになって」


 そのセリフに、耳を疑う。

 白鳥さんは、今死者に向かって脱げと言ったのか。とても丁寧な言葉遣いで。


 死者も、白鳥さんの丁寧ながら有無を言わさぬ謎の圧に耐えかねて、おずおずと死に装束の帯を解く。

 白鳥さんは死者が脱いだ死に装束を優しい手つきで受け取ると、隣の男にそれを渡す。


 男は受け取ったそれを、柳の木の枝に引っかけた。


 木の枝がぐっとしなり、男はふむ、と頷いて手元のタブレット端末に何かを入力する。


「窃盗の常習犯でしたか……窃盗回数は500回以上なのに対し、逮捕歴は一度だけで、ほぼ反省なし。これは確実に地獄行きですね。あちらへどうぞ」


 男は淡々と語り、川岸にある檻のようなものを指差した。


「え、檻……?」

「ええ。貴方のような罪人は、ここに留まられても困りますので、潔く地獄へ直行していただきます。ああ、地獄への直行便に限り、渡し賃は免除となりますので、ご安心ください」

「いや、安心できる訳ねぇだろ……!」


 死者が反論しようとしたところで、白鳥さんが笑顔で檻を指差した。


「罪を犯したのでしょう? では、お行きになって?」

「ぐ……」


 笑顔の老婆の圧力が、小悪党を黙らせる。

 彼はしどろもどろになりながら、ようやく言葉を絞り出す。


「……だ、誰が、地獄なんて……!」

「罪を犯したら地獄行き、そんなの子供だって知っていますよ? ほら、大人しくお行きになって? 後ろが詰まっていますよ」


 白鳥さんが穏やかに促すと、その死者は何も言えず、やがてとぼとぼと檻へ向かっていった。

 よく見ると、その檻は舟の上に積まれていて、船頭らしき鬼が、その横に立っている。

 鬼は、死者が近づくと気だるげな雰囲気で入口を開けた。


 その一連の様子を見ていた俺は、白鳥さんが奪衣婆って本当だったんだ、ということと、死者の服を剥ぎ取るって聞いていたけど、実際は脱ぐように促して自主的に差し出させていて、ある意味効率的だと感心してしまった。


 そしてもう一人の男の方が、懸衣翁って人かな。あの人も死者のパートなんだろうか。


 機会があれば店長かヨミちゃんに聞いてみよう、そう思いつつ、俺は回れ右して店へ戻った。


 バックヤードの事務所の時計を見ると、休憩時間はまだ十分ほど残っていた。

 俺は椅子に座って嘆息する。


 そういえば、シフト表はできたのだろうか。

 ふとそう思って視線を巡らせると、『シフト表』と書かれた紙が挟まったバインダーが、デスク上のファイルが立てかけてある中に紛れていることに気付いた。

 思わずそれを少し引き出すと、俺のシフトが書き込まれていた。


 ふむふむ、不規則ではあるが、週五日は働けるように組まれている。


「……バイトメンバーって、意外といるんだな」


 そこに書かれている名前は、俺の他に店長と茜原さん、青川さんとヨミちゃん以外にまだ五人ほどいる。

 まぁ、ここでバイトしている限りいつかは会うだろう。


「はざーっす」


 と、事務所に青川さんがやってきた。どうやら遅番らしい。


「おはようございます」

「おお、藍沢クン、ヨミちゃんに会った? ビックリしたっしょ?」

「あ、はい……」

「骸骨がコンビニでバイトしてるとか、最初はビビるよなー。俺なんて、ヨミちゃんとの初対面、俺が裏で検品してたらヨミちゃんが出勤してきて、振り返ったら骸骨がいて心臓止まるかと思ったよ。まぁ、もう心臓止まってんだけどさ」


 軽いノリで笑う青川さん。

 と、時計を見ると休憩開始から一時間が経とうとしていた。


「あっ、休憩時間終わりだ……!」

「ん、じゃあ後でなー」


 俺は慌てて席を立ち、バックヤードを飛び出したのだった。


 レジに戻ると、先程川岸で見かけた黒いスーツ姿の男が、缶コーヒーを買っているところだった。


 背が高く、細身で青白い顔に、少し長めの黒髪。

 いかにも真面目そうな顔つきの、三十歳くらいの男だ。


「あ、さっきの……」


 思わず口に出すと、彼は俺を一瞥して僅かに首を傾げた。


「失礼。どこかで会いましたか?」

「あ、いや。すみません。さっき川岸で見かけたので、つい……」

「ああ、そういうことですか。僕は懸衣翁の仕事に就かせていただいています、灰田はいだ直禎なおさだと申します」

 

 丁寧な口調と所作で彼は懐から名刺入れを取り出し、そこから一枚名刺を出して俺に差し出してきた。

 そこには、『冥府 地獄庁此岸管理部 罪重量計測課 懸衣翁 灰田直禎』と書かれている。


「地獄庁此岸管理部……」

「僕は冥府の鬼から懸衣翁の仕事を委託されていますので」

「は、はぁ……白鳥さんがパートで奪衣婆をしているって聞いてましたけど、灰田さんも元々は死者なんですか?」

「ええ。僕は生前システムエンジニアとして働いていました。過労が祟って死にましたが、ここでも無事就職できてよかったです。では、この後も仕事がありますので、失礼します」


 ぺこりと、俺とレジにいたヨミちゃんに一礼して、スタスタと店を出ていく。


「……灰田ちゃん、いかにも『真面目が服着て歩いてます』って感じのマニュアル人間よねぇ。嫌いじゃないけど、融通が利かな過ぎて彼氏にすると大変なタイプかも」


 ヨミちゃんが頬に手を当てて呟く。


「そういうものなんですか?」

「真面目な人がタイプならいいと思うわよ。でもホラ、アタシってそもそも存在がイレギュラーでしょう? 真面目タイプとは相性が悪いっていうか……彼みたいなマニュアル人間にとって、アタシみたいなタイプは処理しきれないのよね。まぁ、生前のアタシの仲間には、そういうタイプが処理しきれなくなってあたふたするのが面白いって言う酔狂なのもいたけど」


 ああ、なんかわかる気がする。

 さっき灰田さんはヨミちゃんのレジ打ちを普通に受けていたが、客と店員と、恋人同士ではまるで違うし、骸骨のヨミちゃんがオカマであることは、話さないとわからない。


 彼がヨミちゃんに迫られてあたふたするところを、見たくないといえば嘘になる。勿論、灰田さんに失礼なのでそんなこと口が裂けても言えないが。


「……さて、と。アタシは時間だからあがらせてもらうわね。お疲れー」


 ヨミちゃんはひらひらと手を振って、バックヤードへ向かっていく。

 その後ろ姿を見ながら、俺はまだその見慣れないシュールな姿に、複雑な気持ちになるのだった。

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