陸:花嫁姿の死者
着替えてタイムカードを押してきた俺は、ヨミちゃんからレジを教わることになった。
とはいえ、基本操作は生前に覚えたものと変わらず、覚えるのは簡単だった。
強いていうなれば、支払方法が現金ではなく、この集落専用のキャッシュレス決済、サンペイカードとやらのみ、ということに驚いたくらいか。
三途ポイントをペイするためのカード、だからサンペイカードらしい。
ちなみに、俺の働いた給料も三途ポイントに変換されて、自動でサンペイカードにチャージされる仕組みらしい。
最初に説明を聞いた時は、あまりに現代的過ぎて笑えてしまった。
そりゃあ、六文銭で三途の川が渡れなくなる訳だ。
と、一通りレジ操作を聞いたところで、ふと疑問が浮かんだので、チラリとヨミちゃんを見る。
「……あの、聞いてもいいですか?」
「ん? なぁに?」
彼はこちらを向いて首を傾げた。
「地球上で、毎日大勢の人が死んでいるじゃないですか。皆が皆渡し賃を払える訳じゃないのに、その割にはここってそんなにたくさん死者がいないなと……」
「うーん、この渡待村って意外と広いから、多分アイちゃんが思っているよりはたくさんの死者がいると思うけど……」
「ワタリマチムラ……」
わかりやすいネーミングだ。
「あとは、そもそもここに来るのは基本的に仏教の供養を受けた人たちなのよね。それ以外の宗教は、三途の川の別のエリアにやってくるのよ。そこでは列車だったり、飛行機だったりで川を渡るところもあるそうよ」
「へぇ……そういえば、三途の川って仏教の伝承でしたっけ」
「ええ。川の向こう、彼岸は一つだけど、宗教の数だけ入り口がある、って考えたら良いかしら。で、彼岸には天国と地獄の入り口があって、仏教なら閻魔大王が裁判を行って生前の罪に応じて行き先が決まる……」
「無宗教だったら?」
「無宗教は此岸のどこかにやってくるけど、基本的に渡し賃を持ってないから最終的に渡町村へ辿り着く人が多いわね。まぁ、たまに三途の川を泳いで渡ろうとする猛者もいるけど」
三途の川は一見穏やかではあるが、向こう岸が見えないくらい霧が濃いし、かなり深そうな感じだった。
並大抵の泳力じゃあ泳ぎ切れないんじゃないだろうか。
「まぁそんな感じで、多分ここ以外にも三途の川を渡れない、渡らない死者で作られた集落はあると思うわ。確かめた訳じゃないから、実際にはわからないけど」
なるほど。つまり三途の川はめちゃくちゃ長いということか。世界中の死者がやってきても、此岸側がごった返さないくらいには。
きっとキリスト教やヒンドゥー教の集落なんかもあるのだろう。ちょっと気になる。
と、その時、入り口のドアが開いた。
「いらっしゃいませー!」
ヨミちゃんの朗らかな声に合わせて俺も声出しをし、その直後にひゅっと息を呑んだ。
そこに現れたのは、真っ白なウエディングドレス姿の女性だったのだ。
「あらー、綺麗ね。でも、そんな姿でここまで来るってことは、ちょっと可哀そうな死に方をしたのかしら……」
ヨミちゃんがしみじみ呟く。
基本的に、ここへ来るときは納棺された格好で来るらしい。だから俺も死に装束だった。
それ以外の格好をしている人は、ここへ来てから服を手に入れて着替えたか、もしくは棺に服を入れてもらったかのいずれからしい。
この人がウェディングドレスを着ているということは、きっと棺に一緒に入れられて荼毘にふされたのだろう。
つまり、結婚の直前か直後で亡くなった可能性が高いということ。
「……あのぉ……ひっ!」
その人は最初俺を見て声を掛けてきて、ふと俺の隣にいるヨミちゃんに目を留めて息を呑んだ。
俺と同じで、間違いなく死にたてほやほやの反応である。
「……こ、ここって、どこなんですか? 私、来週結婚式で……帰らないと」
そうか、結婚式の直前だったか。
俺はヨミちゃんと顔を見合わせた。
ヨミちゃんが、なんと説明しようかと頬に手を当てて嘆息し、とりあえずといった様子で店の外を指差す。
「アナタ、あの川は渡らなかったの?」
「え? ああ、渡し賃? ってお金が足りなくて、船着き場の人にとりあえずここへ行けって言われたんです。私、帰りたいのに……」
「……アナタ、もしかして自分が死んだことに気付いてないの?」
「え? 私が、死んだ? そんな馬鹿な……! だって大きな病気だってしたことないし、来週結婚式で……」
彼女は動揺した様子で辺りを見渡す。
「それに! 死んだんだとしたら、こんなコンビニがある訳ない! 私を揶揄わないで!」
彼女は怒って店を出て行ってしまった。
「あ……大丈夫ですかね……」
「まぁ、ここって意外と治安もいいし、大丈夫でしょう」
「死者の町って治安良いんですか?」
「そりゃあ、一定以上の罪を犯した罪人は即地獄送りになってるからここにはいないし、そもそも、冥銭って人から奪えないようになってるしね。三途ポイントは本人の魂に紐づいているから、サンペイカードを奪ったとしても他人じゃ使えないし。死んでるから性欲もなくなる……そうなると窃盗も強姦も起きないって訳」
「なるほど……」
「自分が死んだことに納得して、渡し賃稼ぎたくなったらきっとまた来るわよ」
そういうものなんだろうか、そう思いつつ、俺にはどうにもできないので、気持ちを切り替えてバイトに勤しむことにした。
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