伍:骸骨
部屋で少し休み、出勤時間の少し前に、俺はヘブン・イーヴンへ向かった。
裏口はないようなので、正面の客と同じ出入り口から入る。
「いらっしゃいませー」
初めて聞く、野太い声。店長とも茜原さんとも青川さんとも違う。
別のバイトの人かな、と思ってレジを見て、ぎょっとした。
「が、骸骨……!」
そこには、理科室でよくみる骨格標本のような骸骨が、ヘブン・イーヴンの制服を着てレジに立っていたのだ。
驚いて固まると、店の奥から店長がやって来た。
店長も長身が、骸骨はさらに背が高い。
「ああ、藍沢くん、おはよう。紹介するね、バイトの黄泉路呉郎さん」
「ちょっとぉ! 本名で呼ばないでって言ってるでしょー? クロちゃんのいけずぅ!」
骸骨が、まるでどこぞの二丁目にいそうな感じで喋っている。
「く、クロちゃん?」
「そ、黒峰だからクロちゃん。いいでしょ?」
うふふ、と笑う骸骨。骨だから表情はわからないのに、何故か、化粧したオッサンの微笑む顔が目に浮かんだ。
「アタシのことはヨミちゃんって呼んでね」
「ヨミちゃん……あ、俺は藍沢悠汰です」
「アイちゃんね。よろしくぅ!」
どこからつっこんでいいのかわからず戸惑う俺に、店長はあっけらかんと笑う。
「藍沢くんは死にたてほやほやだから、ヨミちゃんみたいな人を見るのは初めてで驚いただろうけど、意外といるんだよ。骸骨やミイラの姿でこっちに来る人って」
「えぇ、そうなんですか?」
「うん、僕達の今の姿って、供養してくれた人たちが想い描いた姿だからね。だから事故死した君も、綺麗な姿でここにいる……逆に言えば、供養してくれた人たちが元の姿を知らなければ、死んだ状態の姿のままここに来ることになるって訳さ」
ああ、そういえば昨日青川さんもそんなことを話していたな。
もしや、供養する人が美醜感覚狂っていたら、生前滅茶苦茶不細工だった奴が、ここへ来たら突然イケメンになっていた、というパターンもあるのではないか。そんな埒もないことを考える。
まぁ、その場合は供養する人が全員同じ感覚でなくてはならないので、なかなか無さそうなパターンであるが。
「……じゃあ、黄泉路さんは……」
「ヨミちゃん」
強めの口調で遮られてしまったので、仕方なく言い直すことにする。
「……ヨミちゃんは、何で骸骨姿なんですか?」
「アタシ、生前登山が趣味だったんだけど、一人で行った時にうっかり滑落して死んで、しばらく発見されずに白骨化しちゃったのよ。何年か経って見つけてもらったんだけど、元々親とは絶縁状態だったから捜索願も出されてないし、身分証とかもなくて、身元不明で処理されちゃってね。行旅死亡人として、自治体の手配でお経読んで線香あげてもらえたからここまでは来られたんだけど、その人たちがアタシの元の顔なんて知るはずないでしょう? だから骨のままここにきちゃったのよねー! あっはっはっ!」
早口で説明したと思ったら、彼は頭蓋骨をからから揺れらしながら笑う。
骸骨なのに声がするのは、霊体だからだろうか。
そもそも筋肉ないのに骨が動いているのだっておかしいんだ。考えるのはやめよう。
「その場合って、ずっと骸骨のままなんですか?」
「基本的にはね。まぁ、本来ならさくっと彼岸に渡って、閻魔様の裁きを受けて地獄なり天国なりに行って輪廻転生の環に戻るから、ヨミちゃんみたいにここに留まっている骸骨の人は珍しいよ」
特に骸骨やミイラの姿でここへ来た人は、その姿を嫌がってすぐに川を渡ることが多いため、渡し賃が足りなかったとしても、バイトを詰め込んで最短で稼ごうとするのだそうだ。
「ええ? いいじゃなーい! アタシはこの姿気に入ってるのよー! 化粧しなくていいどころか肌荒れ気にしなくていい、っていうか超美白だし、男も女も関係ない、しかも涼しい! 究極体じゃない? 何より身軽だしね」
つっこみどころは満載だが、本人が気に入っているのなら、それ以上は何も言うまい。
と、ヨミちゃんは俺の顔をじっと見てから、頬に手を当てて溜め息を吐いた。
「惜しいわぁ。アイちゃんの顔、とっても好みなんだけど、アタシはもうちょっと渋みの増した四十代以上のオトコが好きなのよねぇ……」
「は、はぁ……」
この瞬間、初めて十七歳で死んでよかったと、一瞬だけ思ってしまった。
いや、死んだことはよくはないが、もしも四十代で死んでいたらヨミちゃんからロックオンされていたかもしれない。それを思うと思わず安堵の溜め息が出た。
骸骨にもオカマにも、迫られるのは怖い。
「さ、藍沢くん、早くタイムカード押しておいで。遅刻になっちゃうよ」
店長に促されて、俺はそそくさとバックヤードへ移動したのだった。
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